
第2回 「僕が『レン空』をはじめるまで/その1」
こんにちは、「レンタル空手家」です!
今回から、数回に分けて「ひきこもりだった僕が、なぜ『レンタル空手家』(空手)をはじめようと思ったか?」について書いていきたいと思います。
ちょっとディープな箇所もあるのですが、本当の所を書いていきたいと思い、そのまま載せます。
語り口がちょっと私小説(?)形式ですが、この書き方が一番書きやすかったので~。
よろしくお願いします~。
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あ、あとお知らせです!
『Only One Crew(オンリーワンクルー)』という、主にひきこもり、ニート(それ以外も歓迎!)向けのスペースがあるのですが、そこで毎月2回土曜日に『ふらっと』という鍋の会をやっています。
次は7月28日(土)なのですが、鍋の前に、近くの地区会館で空手教室をやります~。
『ほのぼの空手教室!』
日時:7月28日(土)18:00~19:00
場所:西武新宿線・花小金井より徒歩10分
芝久保地区会館・体育室
費用:一人1000円
必要なもの:運動できる服装、タオル等各自で
集合:17:30に花小金井改札口(僕は大きなカバンに黒のキックミット2つを持っています)
遅れる場合は直接現地へ
痛くないよ!楽しくやるよ!
よかったら来てみてね!
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「僕が『レン空』をはじめるまで/その1」
一九九九年、冬。十九歳 ―。
寒い夜でした。
家へと続く帰り道、僕の頭は、さっきまで聴いていた女性の話でいっぱいでした。
その日、都心のある居酒屋でトークライブが行われていました。ライブのテーマは『死にたい、消えたい、自殺っていけないことなの?』というもので、当時自殺未遂を繰り返していた女性ライターが主催したものでした。
薄暗い店内に、観客はぽつぽつと二十人ほど。ゲストには、彼女の友達で「消えたい」という女性を招き、延々と今の自分達の苦しさについて話していました。
「みんなはいけないことだっていうけど、なんで死んじゃいけないの?自分の体、自分の命だもの、切ったっていいんだよ、そう言いながら、何回も失敗してまだ生きてるけどね…。」
向精神薬を今も服用しているらしい、ろれつの回らない口で彼女は話していました。腕には「自殺未遂」の跡であるらしい包帯が巻かれていました。
「あんなふうに自分を痛めつけるって、一体どんな気持ちなんだ?」
トークライブが終わり、壇上から降りたその女性に、僕は「去年高校を卒業した十九歳の浪人生です」と自己紹介し感想を伝えました。
「僕は死にたい、と思うことはないのですが、自分がいなければいい、と思うことはあります。死んでもいいと思えるなら、楽かも知れませんね。」
彼女は定まらない視点で
「ありがとう、また話しましょう。」
と言い、連絡先を教え合いました。
僕は、浪人生とは言いながら毎日まるで勉強する気がしませんでした。未来への夢も何も見えませんでした。アルバイトを週何日かしながら、残った時間はマンガや本を読むことで時間をつぶしていました。とても不安でした。
ただ、なにかさみしかったのかもしれません。そんな時、サブカル雑誌の広告にあった自殺イベントの主旨に、なぜか心ひかれたのでした。
家に着くと、家族はすっかり寝静まっていました。僕は自分の部屋に入り、しばらくの間じっと椅子に座っていましたが、やがて机の引き出しの中からカッターを取り出し、少し考えてから、あまり痛くなさそうな、肉のたくさんついている自分の太ももを軽く切りつけました。
「ああ、こんな気持ちなのか…。」
不思議と、あまり痛くはありませんでした。
なぜだか、スッキリした気になりました。まるで誰かに仕返しをしてやれたような、晴れやかな気持ちでした。
何度も何度も、次第に深く、まるで何かを憎むかのように、切りつけていきました。
(続く)
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いままでの「レンタル空手家日記」
2007.7.12 第1回「はじめまして、レンタル空手家です」