「汚れつちまった悲しみとニート」
ニート歌人
昔教科書かなんかで読んだ時には何も感じなかったものですが、今改めて中原中也の「汚れちまった悲しみに・・・」を読むと心に響くものがあります。詩の中の、なにのぞむなくねがふなく、倦怠のうちに死を夢む、は全くニートとしての実感です。そして、今日もなすところもなく日は暮れる…。生きるということは汚れること。それに過敏過ぎることがニートがニートである所以かも知れません。やはりニートと言葉、ニートと文学は切っても切れないものがあると思います。
「汚れつちまつた悲しみに……」
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
