「サバイバル・・・生きるためのひきこもり 第4話」
作:禁忌キッド
禁忌キッドです。こんにちは。
最近、マージャンを覚えました。チーとかポンとか一人で言いながら、オンラインのネット麻雀を楽しんでいます。近いうちにゲーセンで脱衣麻雀やってみたいです。
さて、先日禁忌は、神戸にある「引きこもり支援団体」の会に行ってきました。そこで当事者の親御さんたちが語り合う親の会があり、そこに参加しました。僕は結婚していないので、息子や娘はいないのですが、自分自身の息子はついているので、参加してみようかなと思いました(下ネタすいません)。
純度マックスのエスプレッソとウォッカを混ぜた以上の濃い話でした。2時間ほどの話でしたが、示唆に富む話ばっかりでした。
みんな、生活保障の必要性を感じていらっしゃるようでした。
仕事ができなくても最低限の生活を国が保証する制度が必要だという点は全員痛感していました。
もし親がなくなったら子供はどうやって生きていけばいいのかということに対して、真剣に考えていらっしゃる親御さんばかりでした。
現制度のままだと、引きこもりやニートの子供は生きていけないと嘆いておられました。
中には自分の子育ての仕方が間違っていたのではないかと後悔していると吐露された方もいらっしゃいました。
私も共感することばかりで、本当に勉強になりましたし、自分と同じようなことを考えていらっしゃる人が他にもたくさんいてその点少しうれしくなりました。
「引きこもり」や「ニート」のことは、世の中では「タブー」とされています。
参加していらっしゃった親御さんの一人がおっしゃっていたのですが、実際は、「引きこもり」や「ニート」は自分たちの周りにもたくさんいるんだけども、そのことに触れることに対してみんな遠慮している、といっておられました。
「引きこもり」を抱える親御さんに対して、その話をすることができないとおっしゃっていました。
だから、自分の身近で、協力してくれる人や、理解者に出会うのが難しいとおっしゃっておられます。
私も、高校時代不登校で、全日制高校を中退した経歴があります。両親も、私が高校を中退したということはなかなか親戚や、周りの人に言えませんでした。それは一昔前のことですが、今でも不登校や引きこもりに対しては風当たりの強い世の中です。
しかし私は通信制高校から独学で大学に入学しました。だけど、高校の話はしばらくはできなかった記憶があります。
私は、「毎日、同じ人間と顔を合わせていく」という集団生活が大の苦手でした。今も苦手なのは変わりませんが・・・。いじめももちろん遭いましたし、とにかく嫌で嫌で仕方ありませんでした。なぜ学校に行かないといけないのかと子供ながらに思っていました。
同じクラスに1年間通い続けるということは、非常に苦痛なことだと思います。
人間関係も一度できてしまったら、なかなか入ることができません。一度のけものになった人が人間関係の輪に入ることは非常に困難です。私はその「閉鎖性」が大嫌いでした。
今も大嫌いです。
普通に学校でうまくやっている人も、かなりストレスがたまっていて、それを「いじめ」などで晴らすのが、彼らのストレス解消法ではないかと思うこともあります。
人間関係の固定化と、不可塑性は、本当に苦痛なことです。ましてや、個性が違う、そして育ってきた環境が違う人間をランダムに1つのクラスに30人詰め込んで、みんなで仲良くさせようとするのは不可能です。
学校は行きたい者だけが行って、行きたくないものは、フリースクールや自宅学習でいいのではないかと思っています。現に自宅学習と予備校だけで大学に行った生き証人がここにいますから。
学校に行かないと、社会でうまくやっていけないよというお偉方はたくさんいます。
だけど、学校に行って、ストレスで廃人になったり、自殺するよか全然マシです。
学校に行かなくても、社会でうまくやっている人もいますし、不登校という経歴でも、社会的に成功している人はいるでしょう。
逆に学校を無事卒業しても、社会に出て、「たわば~」(北斗の拳の断末魔の叫び)になっている人はたくさんいるでしょう。
だから、学校に行くことが社会でうまくいくための「必要条件」みたいな言い方はやめてもらいたいと思っています。
でも、こんな僕も社会でうまくいっているとはいえませんが・・・笑
でも、生きているだけでも十分成功者です。
とにかく「会社」や「学校」に行っていないのを、頭ごなしに否定するのは私は間違っていると思います。
「会社」や「学校」しか行き場がない社会というのはどれだけ不自由な社会でしょうか?
組織に属せないと生きることが難しいというのはかんなり不自由です。
ひきこもりや、精神に障害がある人たちのための作業所や、支援組織はたくさんありますが、あくまでもとにかく「就労」させることしか頭にない感じがします。
しかし障害者就労で就労したとしても、正社員の半額程度の給料しかもらえないという話を聞きました。さらに不景気で障害者就労の数は減っているといいます。
会社も、生き残ることに必死なため、とにかくスピードが速く機敏な人間を選抜したいのでしょう。会社側の考えも私はわかります。
「就労支援」を強化して、とにかくみんなが働ける世の中にしようと、国は頑張っておられますが、はっきりいって的外れだと思います。
無理やり押し込む必要はないし、無理があると思います。だったら、アフィリエイトやヤフオクなどのネットビジネスを教えるような組織をもっと作って、家で仕事ができるようなシステムをもっと構築すべきです。
そして、月20万、20万まではいかなくても最低月12万程度の生活保障を成人全員に行うことが一番効果的です。
起業も才能が必要でしょう。会社勤めも才能が必要です。起業も会社勤めの才能がなくても生きていけるようにすればいいです。
最低限度の生活さえ保障されれば、ボランティアなどの社会奉仕にいそしむ若者も増えます。ボランティアのしごとも尊いと私は思います。
生活保護を受けられず、餓死している人も日本中にたくさんいます。社会適応の面では難があっても、別の面で人並み外れた才能を持っている人もいます。
とにかく全員が生きていけるような社会の実現を切に望みます。
