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投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第2話 松屋にて」

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「第2話 松屋にて」

ドアを開けると、青空が広がっていた。私は鍵を念入りに閉め、財布を忘れずに持っているかポケットに手を当てて確認した。そして、アパートの階段を勢いよく降りて行った。今日も、私は会社に向かっていたのではない。そして家の前の一本松公園に向かっていたわけでもなかった。私はあの、ニートならば必ず一度はお世話になることがあるというあの伝説のチェーン店に向かっていたのだ。その名を松屋という。

私の空腹感はすでに限界に達していた。面白いことに何でも限界に達してしまうと、もう何も感じることがなくなってしまうシステムが人間の体にあると25年の人生の中で空腹感が教えてくれた。 どんなに空腹になり、唾液も口からあふれ出て、ただ「ああ、大盛りの豚丼が食べたい」という言葉を心のなかで連呼するしかできない状態になったとしても、我慢を続ければある瞬間にその死ぬほどの苦しみを感じなくなることができるということを、インドやネパールで修行をすることなく、この日本という国で身を持って学ぶことができた。そしてその境地に達するということは、不可能なことなどこの世界には何一つないという真理を悟り、超人的な力を発揮する瞬間を生きるということと同じことでもある、と私は同時に学んでいた。 つまり、飢え死にしそうにもかかわらず、信じられない様な能力を発揮して、私が住んでいるアパートから駅前の松屋までの険しい、危険に溢れた道のりを、顔に笑みを浮かべながらたった十分ほどで歩ききる力も、その瞬間には発揮されるということを私は学んでいたのだ。

そんなオリンピックのマラソン選手でも逃げ出してしまうであろう試練を乗り越え、松屋に辿りついた時、私は自分が見ている光景を信じることができなかった。あ、ありえないぜ、と私は思った。なんと、席は満席。汗だくで、汚い作業服を着た男たちで店は一杯だった。ヤンキーの様な人たちもいる。頭がくらくらした。どれほど待たされるのだろう。時計を見ると12時25分。確かにこんな時間にくる私が間違っていたのかしれない。だがこんなひどい事が、この平成の日本社会であっていいのだろうか?「死にそうに待っている人がいるんだよ!みんな早く食べて帰ってくれ!」と小心者の私には言えるわけがない。みんな怖そうな人ばっかりだったのだ。そして暗闇のはるか彼方から「いらっしゃいませ。 少々お待ち下さいね」とある女の子の店員さんのやさしい声が聞こえた。「か、かわいいからっていい気になりやがって。俺はここで毎日ご飯を食べているんだよ。俺の顔も名前も覚えられないのか。VIPとはどういった意味なのかお前には分からないかもしれないが、今時の小学生なら誰でも知っているぜ!もし近くに吉野家があれば俺はそっちに行っているはずなんだ!俺の人生をどうしてくれる!」と私は心では思っていたが勿論言えるわけがない。そんなこと。 「ありがとう」そう言うと、私は入り口の前にある食券の自動販売機の前で棒立ちになっていた。

すると、すると、である。今度は別の方角からある男の声が聞こえてきた。「おい、早く決めろよ。 買わないならどっかいけ。」な、なにィ・・・ゆ、ゆるさんぞ、よくも、よくも、と私はまるでスーパーサイヤ人に変身する直前の悟空の様だった。「俺が一体どんな気持ちでこの店に入り、この絶望と悲しみに立ち向かっているのかお前分かっているのか。そんな言い方、俺は許さないぞ、フリーザー!」と、私は振り向いた。だが、私は信じられないものを見てしまった。ジェルでトゲトゲの黄色と赤に染まった髪。腕に意味の分からないハート型のタトゥー。背は190センチ以上あるだろうか。 「俺はスーパーサイヤ人だ!かかってこい」なんてこと、当たり前だが私には言えるはずがない。 私はぷるぷると震えながら「すいません」とつぶやき、420円の豚丼大盛りを購入し、涙をこらえ、席が空くのを待つことにした。  

辛抱して待つということ。それが人生でどんなに重要なことなのか私は失恋を通して学んだが、この時もその重要さを悟らずにはいられなかった。「ご馳走様でした」と一番奥の角の席で、背広を着たバーコード頭の男が立ち上がった。 そして先ほどのかわいい女の子の店員さんが「お待たせいたしました。あちらの奥の席どうぞ」と笑顔で案内してくれた。だが私はまだ幸福な気分にはなれないでいた。私はこう思っていたのだ。あれほど待ち望んでいる豚丼の大盛りまであとまだ5メートル歩かなければいけないのか、と。しかし私はその瞬間、同時にあることにも気が付いていた。これはきっと最後の試練なのだ、と。 これさえ乗り切ることができれば、私は自分の命をかけてまで捜し求めていた幸せを手にすることができる。そして、最後の最後に私は私がなりたいと思っていた男に成長し、ついでにこのかわいい店員さんのメールアドレスもちゃっかり貰ってしまうのだ。私は自分にそういい聞かせながら、席に着いた。

「つゆだくだくでお願いします」、最後の力を振り絞って私はそうゆっくりと言った。「つゆだくだくですね」とこのかわいい店員さんは確認してくれた。本当は「きみ抱く抱く」の方がいい、と私は言おうと思ったが、やめた。セクハラで訴えられても困るので。そしてつい、彼女の膨らんでいる胸に付いている名前のバッジに目がいってしまった時、私はまたしても自分の目を疑わずにはいられなかった。彼女の名前は「シフトリーダー ちん」とあるではないか。「う、うおおおお!」私は心の中で叫んでいた。もうそんな力もなかったというのに、だ。か、考えてみてほしい。たとえ彼女が中国から命をかけて日本に違法で入国し、仕事がなく、 もうファッションヘルスで強制的に働かされてしまうというピンチだった所を、なんとか松屋の店長に救われ、ここで働くことになったとしても、別に中国語の本名でバッジを作る必要がどこにあるのだろう? ぷぷぷ、と心の中で笑わずにはいられなかった客は今日どれだけいただろうか。そして「ちんさん、お冷下さい」と言うのをためらった客は今日どれだけいだだろうか。こんな悲劇的なことは許されるべきではない、と思うのは私だけではないはずだ。

しかし、もうそんなことを心配している余裕は私にはない。お金のないニートにとっては、いかに払ったお金で元をとるかが生死を分けることになる。420 円の豚丼の大盛りを頼んだのならばつゆだくだくにしてもらうのは当然で、本当の勝負はこれからだ。豚丼の大盛りとお味噌汁が来ると、私はまず、紅しょうがに手を伸ばして、できるだけ多く掴み、汁を切って、豚丼の上にかける。そして焼肉のたれとカルビソースも両手に取り、ちょんちょんと少し高めの所からかけていく。そしてようやくに箸に手を伸ばし食べ始めるのだ。


そしてここで一番気を付けなければいけないこと(これはよく素人が犯す過ちなのだが)は、たとえどんなに空腹でも、ゆっくり食べるということである。 せめて20回は噛んでから飲みこまなければいけない。お味噌汁も同様に20回噛んでから飲む。そうしなければこの至福の時間が半減されてしまうことになり、次の至福の時間までの時間が増え、苦しみも増える。もし、半分食べた所で満腹感を感じることができれば、勝負に勝った様なものだ。あとの残りは「あー、もう満腹。でももったいないから食べよう。死ぬほど幸せ」とこの至福の時間を十分に満喫できる。お冷もできればおかわりをしたほうがいい。その理由は私がわざわざ書いて説明する必要もないと思う。そしてお手洗いもちゃっかりと使わせてもらおう。小でも、大でも、手を洗うだけでも。ただ自分の顔と髪をチェックするだけでも。こうしてたった420円のサービスだったにもかかわらず、1000円以上のサービスを受けることができたと心から確信できた時、やっと私は立ち上がることができる。 そして私は何枚かナプキンをポケットに失敬し、大きな声で「ご馳走様!」と店員に伝え、店を後にするのだ。

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2009年09月24日 13:15に投稿されたエントリーのページです。

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