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「第1話 ミニスカート」
朝、私は服を着替えて外に出た。だが私は会社に向かっていたのではない。私は家のすぐ目の前にある公園に向かっていた。それは一本松公園という。文字通り大きな松の木が一本中央に立っているだけの小さな公園で、そこには子供たちが遊べる様なブランコや砂場などは一切ない。さみしい、と言えばさみしいのかもしれないが、静かでとても落ち着くことができるので、私が気に入っている場所の一つになっている。私は公園の中に入ると、いつもの様に松の木の下にあるベンチに腰掛ける。そして私は人生について考え始めた。
が、その時である。信じられないことが起きたのである。あ、ありえないぜ、と私は心の中でつぶやいていた。私の目の前を、ミニスカートの女子高生二人組みが通り過ぎたのだ。いや、超ミニスカートと言ったほうがいいかもしれない。せめて私にはそう見えた。しかも二人ともかわいいではないか。これは夢なのだろうか。毎朝この様にラッキーであってくれればいいのに、と思う。
しかし私はすぐにこの思いがけない喜びを自粛することにした。そしてただ地面を見つめて、彼女たちが過ぎ去っていくのを待った。私は知っていたのだ。たとえどんなにずっと「きれいな足だな、ぐへへ」と彼女らの足をじろじろと眺めていたかったとしても、また私にはその権利があったとしても、それは変質者以外なにものでもないということを。私は25歳の無職なのである。私は「少しはイケメンだ」と自分自身を評価しているが、そんなこと全く関係がないことも知っている。わいせつ罪で警察に捕まってしまうかもしれない。そんな恐ろしいこと私にはできるはずがない。
そしてその時、私はある言葉を思い出したのだった。「生きていること。今生きていること。それはミニスカート」という言葉だ。これは私が尊敬して止まない、日本最高の詩人の一人・谷川俊太郎先生を代表する作品「生きる」の中の一文である。もしこの詩を読んだことがなければ、今すぐにグーグルのホームページを開いて、「生きる 谷川俊太郎」と検索することをお薦めする。三秒もかかることなくこの詩に辿り着くことができるはずである。
私は初めてこの詩を読んだ時(私が確かまだ大学生だった20歳頃だったと思うが)人生に絶望しきってしまい一ヶ月ほど寝込んでしまったのを覚えている。もう私の世界は終わったのだ、と本気で思った。それほどショックを受けたのである。それはつまりこういうことだった。私はきっと誰でもミニスカートは大好きだけれど、パンティーのほうがもっといいと思っているに違いない、と信じていた。そしてきっと誰でもミニスカートやパンティーもいいが、ノーパンだったらもっといいのに、と鼻息を荒くしながら思っているに違いない、と信じていたのだ。なのに、なのに、である。
私は涙と鼻水をたらしながら、夕日に向かって走り、こう叫ばずにはいられなかった。谷川先生、あなたはたったミニスカートだけで幸せになれるのですか、と。ああ、谷川先生!あなたは、本当は、私たちと同じ様にミニスカートの喜びしか知らない悲しき童貞の代弁者だったのですか、と。
私はこう思っている。たった一度の人生なのだから、もっと欲を出して、大きな夢を追いかけてもいいはずだ、と。誰になんと言われようが関係ない。関係ないのだ。おっぱいと同じ様に、夢も大きければ大きいほどいいはずだ。いや、大きくなければいけないのだ。おっぱいも。そして私たちの夢も。これは義務である。ミニスカートだけで満足することなんて私にはできやしない。
しかし、私がこの詩に絶望した理由はそれだけではなかった。まるでいつの日にかテレビで見た巨大な隕石が地球に衝突するシーンの様に、私の心と精神を徹底的に揺さぶり、コナゴナに破壊したもう一つのある衝撃的なことがあったのである。
それは、谷川先生は、「生きているということは働くことだ」と決して言わなかった、ということである。こんなことが現在の日本社会で許されていいのだろうか、と私は自分自身に問い続けた。夜眠ることさえもできなくなっていた。私は生きるということ、それは働くことだと信じていた。何かを作ったり、サービスをしたりして人様に貢献する、それが生きることだと信じて、そのことを一度も疑ったことはなかった。 父にも、そして母にも働くことの尊さを幼稚園、いや保育園に入園した時から教えられて、今までずっとまじめに生産的に生きてきたのだ。
しかし谷川先生は私の人生、いや私だけなくほとんどの人の人生を否定するかの様にこう語るのである。諸君、愛する女性と手をつなぎながら、プラネタリウムや、美術館でデートをするのは楽しいぞ、と。朝は犬と一緒にブランコのある公園を散歩して、カタツムリを観察したらどうたろう。そして昼間は家でゴロゴロして、テレビで戦争のドキュメンタリーでも見ようではないか。それが生きるということなのだよ。そしてそれが詩人として生きるということ、いのちということなのだよ、うらやましいだろう、ははははは。
私はこの詩との運命の出会いを呪った。もう私は今までの私でいることができないであろうと嘆き悲しんだ。そして私は夕日に向かって、果てしなく流れ続ける涙と鼻水はそのままに、いつまでもいつまでもこう叫び続けていたのだった。この私の燃える様な思いがきっといつか彼に届くと信じながら。谷川先生、あなたも今の私と同じ様に、本当はただのニートだったのですか、と。ああ、谷川先生!あなたが語ることのない「働く喜び」なんていうのは、本当は働く人たちが自分達を自己正当化するための、ただの妄想に過ぎなかったのですか、と。
