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「第8話 ひまわり」
今朝も私は一本松公園にいた。そしていつもの様にただ一人、ベンチに座っていた。これを無力、というのだろう。私はどうしようもなく感じていた。もしこの地球上の重力がもう少しでも強かったなら、私は空気に押し潰されているに違いない、と思った。このまま死んだら私はなんという親不孝ものだろう。だが、私はどうすることもできなかった。この公園以外には、どこへにも行くことはできないのだ。通勤のサラリーマンたちの姿はもう見えなくなっていた。そして通学していた学生たちの姿も。私は社会から置き去りにされてしまったように思えた。それはまるで、私が高校生の時、学校に行くためのバスに乗ろうとしたが、満員で乗ることができず、置き去りにされ、学校に遅刻して怒られる位なら休んでしまえこのヤロー!とムキになって、実際にそれを実行した時の心境に似ていた。家には帰るわけにはいかない。ゲームセンターで遊んでいるわけにも行かない。私はただ公園でひとり寝転んで、本を読んでいた。そしてただ学校が終わりなる時間をひたすら待っていた。そんな気持ちだった。
私が座っているベンチの目の前にはひまわりが咲いていた。本当にきれいである。しかし、もうひまわりが咲く夏は去ったはずだった。うるさいセミや夏休みの小学生達と一緒に。どうしてそのひまわりは元気に咲いているのだろう。私は不思議に思った。これは温暖化のせいなのかもしれない。何らかの理由で、このひまわりは世界に置き去りにされてしまったのだ。私と同じ様に。どうして私たちはこんなにも苦しいのだろうと思う。どうして私たちは周りの人たちと同じ様に生きていくことができないのだろうか。「お前だけが俺の理解者だ、ヨーコ」と私は恋愛感情が芽生えてしまったそのひまわりに、勝手にそう命名した。なぜヨーコなのか。太陽の「ヨー」からヨーコにしたのだが、理由はそれだけではない。それは、初恋をするということは、一体どの様に激しく思春期の男の心と体を病ませるかということを私に教えてくれた女の子がヨーコだったからである。高校の時、私が大好きだった彼女のことは一生忘れないと思う。そして私は今でも時々考える。今彼女は何をしているだろうか、と。結婚して子供がいるのだろうか。あれほど美しかったのだから、結婚していなくても彼氏はいるに違いない。それともキャリアウーマンとしてどこかの会社でバリバリ働いて、男と付き合う暇もなく生活しているのだろうか。家に帰ったらグーグルで検索してみようか。有名人になっているかも。だがそれはストーカー行為では・・・と、私はそんなことを考えながら、目の前にいるヨーコの生まれ変わりをずっとずっと見つめていた・・・
ヨーコは風に揺れていた。いや、そうではない。そうではなかった。彼女は踊っていたのだ。私に向かって。私は思い出していた。あの時、体育館で踊っていた、ブルマ姿のヨーコを。そして彼女は私にいったのだ。「一緒に踊ろうよ!」今でもそんな彼女の姿を想像しただけで鼻血がでそうな私は、学生時代、ずっとタバコもお酒もやる必要がなかった。これは幸せなことだったと思う。そんなことをわざわざしなくても私は簡単に天国に行くことができたのだ。しかしその代わり不幸にもそれ以上の経験はできなかったが。私はベンチから立ち上がり、いっしょにヨーコと踊ることにした。そう、あの時の様に。腰を振って。頭も。体の全てをまるで水の流れに身をまかせる様に。人生で始めて大好きになったこの女の子と一緒に踊る喜びを体全体で感じながら。だが、邪魔が入った。「ワンワン!」と近くを散歩している犬が私に向かって吼えだしたのだ。「ワン公!どっか行ってくれ」と私は心で叫んでいたが、ムダだった。そして「あんなのと関わっちゃだめよ」と言うかの様に、その犬と散歩していた40歳ぐらいの主婦は首輪のヒモを強く引っ張ったのだが、逆効果だった。犬の鳴き声がさらに大きくなる。「ワンワンワン!」ゆ、許してくれ。もういいだろう。もう十分だ。俺は踊り続けた。ひたすら無視して。その飼い主は「危ない・・・危ないわ・・・」と困惑した表情を見せていたが、そんなことはどうでもよかった。俺は犬やおばちゃんと遊んでいる暇はないのだ。俺にはもうヨーコのあの甘い声しか聞こえない。「ワンワンワンワンワン!」もう俺は俺の世界の中にいた。ああ、一人称が「私」から「俺」にいつの間にか変わっていたとしても、俺には気が付くことができないでいた。愛とはなんという興奮なのだろう。だから誰もが愛について語ることを止めないのか・・・この世界からはもう抜け出すことなんて、俺には出来きはしないだろう。俺の世界はヨーコが全てだった。そして俺はいつまでも彼女と一緒に踊り続けていたのだった・・・
と、言っても踊り続けていたのは約30分ほどだったと思う。現実なんてこんなものだ。メシもろくに食べていない私にはそれが限界だったのだ。そして、私はベンチに座り直し、ある重大なことに気が付いていた。それは、私はあの頃から全く成長してはいなかった、ということだ。私は25歳になっても、ペッペコ、ペッペコ、あらヨイショと、と街のお祭りの様にしか踊ることはできなかったのだ。「だ、ださすぎるぜ・・・」と私は自分に失望した。公園でこんな踊りをするのはキチガイ以外の何者ではない、と誰もが思うに違いない。(普通に踊ったとしても、誰もがそう思うであろうが)きっと犬が私に警戒したのは、無理のないことだったとも理解できる。私は家の近くの精神病院を検索しておく必要があるかもしれないと思った。だが私はすぐこう思い直した。「愛は人を狂わす」ということもまた真実である、と。狂うことがなければそれを愛とは言えない、というのが私の意見である。
そして、私はあるもう一つの答えを見つけていた。それは、どうしてあの頃、彼女と付き合えなかったのか、とずっともう10年ほど悩み続けてきた問いの答えだった。誰の人生でもきっと一つや二つはどうしても分からないという難問に直面するものである。私はそんな人生の中でずっと出口が見えず、ずっと見えないままだろうと思っていた問題をついに解決することができたと思った。それはこういった答えだった。彼女はあの、すでに伝説と化している映画「サタデー・ナイト・フィーヴァー」のジョン・トラボルタの様なダンスを私に期待していたが、あっさりとそんな期待は裏切られてしまい、私に失望してしまった、ということだった。ダンスのうまい人が彼女の彼氏になれなければいけない、ときっと前世で決まっていたのだと思う。私はジョン・トラボルタになんかなれなかった。どうしても。だが彼女にはそういった男が必要だったのだ。そしてバスで私を置いて、遠く、私の知らない世界に去ってしまった。だが、私は彼女を恨んでいるのではない。その逆である。本当に悪いことをした、と思う。本当にごめん、ごめん、と私は叫ばずにはいられない。私はこうヨーコに伝えたい。私は心からお前を愛していた、と。そしてきっと今でもそれは同じで、これからも一生変わらないだろう、と。しかし、私は自分自身にしかなれなかったし、今でもそれは変わらないのだ。どんなに髪をジェルで固めても。どんなに高価なスーツを着たとしても。私はどうしてもジョン・トラボルタの様には踊ることができない。そしてまったく同じ様に、あれから10年ほどたった今も、私はこうしてニートをやっているが、ニートをやることしかできない。どうしてなのか、理由は自分にも分からないのだが。日本中の人、いや世界中の人たちもきっと同じで、私たちはどんなにがんばっても、どんなにあがいたとしても、最終的には自分自身にしかなれない。どんなに大声で叫んで、暴れ狂ったとしても。どんなに置き去りにされて、孤独に苦しんだとしても。私たちは誰でも、できないものはどうしてもできないのだ。そして、私たちができることはただ、自分に与えられた役割を、自分なりに精一杯全うしようと、生きていくだけ。愛されても。愛されてなくても。ジョン・トラボルタでも。田中ぷーのすけでも。そして、一歩ずつ、それぞれのペースでゆっくりと進んでいく。たとえ今日の様な秋の日が来て、たった一人だったとしても、ヨーコの様に、太陽の光に向かって、高く高く背伸びしながら・・・
