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2009年09月 アーカイブ

2009年09月04日

特別番組『ニートとひきこもりのあいだ』

特別番組『ニートとひきこもりのあいだ』 


ポッドキャスト&オンデマンド版


【収録日】

2009年9月4日


【出演者】

乾紅宇樹 丸山鉄平 夏目涼介 ワホリ ハギー
    

【放送内容】

 第1部「自助グループ・フリースぺース事情」
・番組タイトルに込めた宙ぶらりんな感覚
・外から与えられるアイデンティティは「借り物」
・動き出すきっかけや下支えとなる「自助グループ」
・それぞれの「自助グループ」経験談、参加した実感
・自分に合うスペースとの出合い方、見つけ方
・オールニートニッポンは「自助グループ」か?

 第2部「根性や執念無しに、どうやって夢を実現させるか?」
・夢や目標ってありますか?必要ですか?
・「努力して当たり前、苦労して当たり前」という価値観の息苦しさ
・年齢は足かせになる?一歩を踏み出す勇気
・社会的に成功した人を参考にしない
・「半分降りる」生き方
・やりたいことがないヤツは社会起業家になれ?

 第3部「ニートと恋愛」
・ニートが集まると恋愛話はタブーになりがち
・「恋愛すること」への心理的ハードルは下がった方がいい
・ニートでいかに恋愛を楽しむか
・性欲か承認か?恋愛とセックスのあいだ
・人付き合いは互いのニーズの交換、ニートの手持ち資源は?

 第4部
・まとめ
・9月11日「ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~」イベント告知
・KHJ親の会「楽壱楽拿」のお知らせ


『ニートとひきこもりのあいだ』(1)

『ニートとひきこもりのあいだ』(2)

『ニートとひきこもりのあいだ』(3&4)


※お詫び:放送機器の不調により音割れが生じております。どうかご了承願います。


番組への質問・相談を受け付けております。ラジオネームを添えて、コチラまでmail.gif

2009年09月07日

投稿原稿 「老人ホームの体験談」

「老人ホームの体験談」
作:工藤興市


俺が働いた特別養護老人ホームは、認知症、障害者の方(目が見えない、半身不随)など様々な最高100何歳のお年寄りがいたわけ。本でも書いたけど、初日に2階のホールをエレベーターから降りたときに、帰ろうと思ったわけさ。


だって、70人近くのお年寄りが車椅子で、センターのホールで食事をとろうとしてたのね。

俺はスキンヘッドにしてるから、認知症の方はお迎えが来たと思って俺見て祈るわけよ。

・・・。

ボケることもよく分かってないし、無理やり介護の世界に自分が勉強したいだけで入らせてもらったから、正直ビビった。

だってすごい世界なんだもん。

他人の沢山ある入れ歯を初めて洗った。


目の前でウンコをしているポータブルトイレを回収した。

ドアは暗証番号でロックされていて、その解除番号を押さないと、部屋を行き来できなかった。

大人数のエプロンを、見たこともない大きな洗濯機や、乾燥機で洗ったり干したりした。

朝各お年寄りがいる部屋を回っている時(洗顔介助というのがあって、オシボリで顔を拭いて回る作業があるのだ)重度の認知症の方にいきなり殴られた(笑)

ただのAV男優だよね、俺・・・・・?

特に驚いたのは、深夜徘徊する重度の認知症の方が、人形を持ちながら、深夜叫び回って歩いている光景に出くわした時だ。

その方は女性で、旦那さんはちゃんとされた方だったんだけど、奥さんは壁にウンコを塗りたくり、裸で町内を歩き回るなど、手におえない状況だったらしい。

結婚して60年。旦那さんは何年も介護していたそうだ。

たった一人の人を愛した旦那さんには、断腸の思いの選択が老人ホームだったんだろう。


だって離れたくないのは、訪問の回数や奥さんに接する態度で分かった。


その目だ。

奥さんを見つめる目。


ボケた奥さんは、何を見ているのか分からない。


でも旦那さんは、禿げた頭で、ずれた老眼鏡を直しもせず、いつも優しい目で、奥さんだけを見ていた。


でも奥さんはどうだろう?


旦那さんの記憶はないのだ。


脳に残る記憶。


それは、初恋の人だったから・・・

深夜徘徊していた人形を持った女性は、初恋の人の名前を叫びながら歩き続けていたんだ。


それに気付いたのは、かなり後だったんだけど。


それを承知で、旦那さんはボケた奥さんのその初恋の人を何年も演じてたことを職員さんに聞いた時は、地下の休憩室で泣いたよ。

そんな愛なんか初めてだったから。

それから2ヶ月ぐらい経った時に、俺は真のSEXを見たんだよ。

朝の洗顔介助をしていた時、たまたまその旦那さんが来ていて、いつもの様に暴れまわる奥さんを見ていた。

オシボリを振り回し、初恋の人の名前を呼ぶいつもの光景だ。

「こら、暴れちゃいかんよ」

「○○さ~~ん!!」

「ほら、職員さんに迷惑かかるから」

「○○さん!何で特攻したの?零戦!!!零戦!!」

「ほら、ちょと待って、今ここにいるよ?俺は○○だからね?」

とても見ていられなかった。


酷すぎる。

何で奥さんの初恋の人を演じなきゃなんないわけ?


俺は、怒りにも似た感情だった。

複雑な感情でそのやり取りを見ていた。

その時だった。

泣きながらよだれを垂らした奥さんが、突然優しい目をして、旦那さんのずれた老眼鏡を外して、優しく右手に握っていたそのオシボリで、顔を拭き始めたんだ。

呆気にとられた皆の空間。

でも数十秒後には感動に変わった。

「ありがとうよ。今までね。ありがとうよ。ごめんよ。私ようわからんね。寅蔵さんにお世話になったのに、ようわからんね」

寅蔵は、旦那さんの名前だ。

その場にいた誰もが無言で寅蔵さんを見つめていた。

寅蔵さんが何言ったと思う?

泣いている奥さんに向かってこう言ったんだよ。

「わしもようわからんから大丈夫だよ」

職員も他の訪問に来ていた家族も、その場にいた正常な意識を持ったお年寄りも、皆込み上げる涙を押さえることはなかった。

だって、他人の名前じゃなく、旦那さんが呼んで欲しかったのは、絶対自分の名前だったはず。


それを現場全ての人間が分かっていたからだ。

何年もかかったかもしれないけど、たったひと時の神様の気まぐれかもしれないけど、自分の名前を呼んでくれたその喜び・・・

俺は声を出して泣いたんだ。

心の底から泣いたんだ。

あの時の旦那さんの顔は今でも忘れない。

綺麗な皺くちゃな笑顔だった。

ありがとう。

第10回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

第10回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

ポッドキャスト&オンデマンド版<毎週月曜日更新>

※「月乃光司のハート宅配便」は、全国各地のコミュニティFMでも放送中のため、インターネット上でのストリーミング配信は行っておりません。予めご了承ください。

ハート宅配便

【番組紹介】
誰もが持っているちょっとした「生きづらさ」。そんな「生きづらさ」に効く「生きるコツ」を、様々な人生体験を乗り越えてきた女性サバイバーをお迎えしお聞きします。この番組を聞けば、100%とはいかなくても、33%でも生きることが楽になる、そんな力をリスナーのあなたにお届けします。全国各地のコミュニティFMでも放送中!

【放送内容】
対談ゲスト:上川あやさん(1)

【出演者】
月乃光司(こわれ者の祭典)、藤井奈央

【制作】
VOICE VISION(新潟市)

番組へのお便りお待ちしています!番組公式サイトからどうぞ!


2009年09月10日

投稿原稿「××警察署顛末記」

「××警察署顛末記」
作:bombeck


「人を殺しました」そう言って、××警察署をおとずれたのは深夜の12時。「近所で殺人事件がありましたよね。犯人はぼくです。自首します」そう言うぼくに受付の警察官は奇妙な顔をして、しばらくすると奥から数人の警察官があらわれた。
それからぼくは取調室のようなところに連れていかれて、「気まりのようなものだから」と持っていたバッグを調べられ、そこで面長の刑事に取り調べをうけた。
「家はどこ?」
「△△です」
「△△? まさか家出とかじゃないだろうね」
「違います」
「学生?」
「いえ、中退しました」
「どこ?」
「Z大です」
「Z大?」
するとその面長の刑事はしばらく胡散臭そうな目でこちらを見た。Z大はそこそこの大学として有名だったからだろう。
「あんた、精神病とか、そういうのないの?」
「精神科にはかよってますけど……」
すると面長の刑事は取調室を出ていった。持っていたバッグのなかには家の住所を書いていたアドレス帳が入っていた。しばらくすると面長の刑事がおそらく家に電話をかけている声が外から聞こえてきた。
「……はい……おたくの息子さんが……ええ……こちらにこられてですね……それで自分が犯人で……はい……それで、自分はZ大生だと……え? そうなんですか……はい……はい……」
しばらくするとその面長の刑事はもどってきた。手にはコーヒーを持っている。
「飲みなさい」
コーヒーをぼくのほうにさしだしながら、面長の刑事は言った。
「お兄さんがくるそうだから、それまで待っていなさい」
だされたコーヒーにぼくは口をつけた。
「あんたほんとうにZ大生だったんだね」
「はあ」
「高校はどこ?」
「△△高校というところで……」
「勉強したの?」
「まあ」
そんな話をしているうちに、しばらくすると兄が車でやってきた。
兄は警察署に長居するつもりなどなく、テキパキとことを運んだ。
これから帰ろうというときになって、面長の刑事がぼくのところにやってきて言った。
「息子の成績があがらないんだけれど、どうすればいいかな?」
ぼくはすこし考えてから言った。
「普通に暮らせればいいんじゃないんですか?」
すると面長の刑事は言った。
「普通に暮らせても成績があがらないんだよ!」
それはけっして大きくはない声だったけれど、なにか叫びのようでもあった。
「話したほうがいいですよ……」
ぼくはそれだけ言うと、兄にせかされるように××警察署をあとにした。

2009年09月11日

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』


ポッドキャスト&オンデマンド版


【収録日】

2009年9月11日@渋谷アップリンク・ファクトリー


【出演者】

月乃光司湯浅誠(もやい事務局長)田代まさし白井勝美葛原りょうアイコシュウヘイ
鶴田桃江(NABA代表)とNABAメンバー、YUNNA(㈱ブレイブクール代表)、小池桃子
司会:松本卓也(映画監督)、朗読伴奏:タダフジカ(ギタリスト)


「ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~」


【放送内容】


 第一部前半 湯浅誠さんから
 「経済的な破綻から自殺を考えている人へのメッセージ」


 第一部後半 アイコさん、葛原りょうさん、白井勝美さんから
 「今自殺を考えている人へのメッセージ」


 小池桃子さんによるパフォーマンス


 第二部前半 鶴田桃江さん、NABAメンバー、シュウヘイさん、YUNNAさんから
 「様々な生きづらさから自殺を考えている人へのメッセージ」


 第二部後半 田代まさしさんから
 「今死にたいと思っている人へのメッセージ」


『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』第一部前半

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』第一部後半

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』小池桃子さん

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』第二部前半

『ストップ!自殺~どん底でも生き残っていくこと~』第二部後半


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2009年09月12日

投稿原稿「ニート短歌集「憂鬱草」」

「ニート短歌集「憂鬱草」」
作:ニート歌人


信長のようになれない
現代の魔王ニートが
自宅焼き討ち


家康と同じ形の手相持つ
ニートの俺は
今は人質


籠城をした末裔が
部屋の中
籠るばかばかしさは何事


エレベーター
個室に満ちた自意識は
ドアが開けば解放される


正確に巡る季節に
植物は忠実である
俺は寝たまま


デザートを食べて暴れる
人は無し
酒の飲めない者に幸あれ


友の自殺

「起業する」
未来を語りつつ歩く
自殺一月前の友人


笑顔無き学校を出て
永遠に
友は真顔で額縁の中


憂鬱と言う名の定期便が来て
今日も
呼び鈴鳴らし続ける


ぼうけんのしょをはじめますか?
『→はい →いいえ』
悩んでるうち 人生終了(ゲームオーバー)


銭湯で
とろとろ眠るそのままに
水に還ってしまえたらよい


死ぬるまで
三月兎飛び跳ねる
狂ってるのは見ているあなた


懲罰のように
毎日パソコンに張りついていて
見えない恩赦


秋までは遠い道のり
実りても
まなうらにある冬の寒空


もう年が暮れて行くのか
銀杏の匂い道満ち
曇天無風


飛び出して死んでしまいたい心地する
信号待ちの
脱落者、俺


1分を惜しんで失う10時間
リカバリできない
人生である


生き急ぐ
俺は強制終了をすぐしたくなる
短気とも言う


携帯を弄っていれば向こうから
人斬りが来る
そんな気配が


背後から視線を感じ振り向けば
横に
転がる地蔵の首が


雨上がる夜の黙(しじま)に木霊(こだま)する
自殺現場の踏み切りの

2009年09月14日

第11回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

第11回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

ポッドキャスト&オンデマンド版<毎週月曜日更新>

※「月乃光司のハート宅配便」は、全国各地のコミュニティFMでも放送中のため、インターネット上でのストリーミング配信は行っておりません。予めご了承ください。

ハート宅配便

【番組紹介】
誰もが持っているちょっとした「生きづらさ」。そんな「生きづらさ」に効く「生きるコツ」を、様々な人生体験を乗り越えてきた女性サバイバーをお迎えしお聞きします。この番組を聞けば、100%とはいかなくても、33%でも生きることが楽になる、そんな力をリスナーのあなたにお届けします。全国各地のコミュニティFMでも放送中!

【放送内容】
対談ゲスト:上川あやさん(2)

【出演者】
月乃光司(こわれ者の祭典)、藤井奈央

【制作】
VOICE VISION(新潟市)

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2009年09月18日

第3回 巨椋修のオグラ夜話

あきらめるな! あきらめろ!

第3回 巨椋修のオグラ夜話 

ポッドキャスト&オンデマンド版

今回のテーマは『無理をしない生き方』です。

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【収録日】

2009年9月18日


【出演者】

【P】 巨椋修(漫画家・映画監督)
【A見習い】ヤマシタ&岡田沙織
【G】 飯田泰之(駒沢大学経済学部准教授) 


【放送内容】

 第一部
・あきらめるとは、余計な執着を捨てること!
・執着しない生き方
・競争と、あきらめのすすめ
・足るを知る、無理をしない生き方

 第二部
・無理をしないとは?
・楽観的に生きよう
・おもしろがれ!
・もっとバカになれ!、小賢しくなるな!

 第三部
・脱・被害妄想&加害妄想
・全部自分のせいにしない・全部他人のせいにしない
・責任の境界線がひけるのが大人

 第四部
・まとめ
・適当・いい加減のすすめ
・ときには足掻き、リキむことも必要
・人生は、楽しむために在る


 巨椋修のオグラ夜話 第3回(1)

 巨椋修のオグラ夜話 第3回(2)

 巨椋修のオグラ夜話 第3回(3)

 巨椋修のオグラ夜話 第3回(4)





☆本日の放送内にて紹介された、飯田さんと雨宮処凛さんの対談集『脱貧困の経済学』はこちらです。


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2009年09月19日

投稿原稿「俺を怒らせてくれるな」

「俺を怒らせてくれるな」
作:奇龍(きりゅう)

健常者が障害者を毛嫌いするのと同じように
俺は健全な奴が嫌いだ。

何不自由なく育ってる奴らのツラを見るだけで
腹の中に入ってるカップラーメンの麺がもどってきそうになる。

健常者が俺たち精神障害者を見るときの目が死んでるのと同じくらい
理由は無い。

気に入らない。に理由を付けるとキリが無い。

俺の前を通る「健全な奴ら」には共通して
俺を怒らせるのが得意な奴らでもある。

理由は無くても、「原因」はある。

17歳で分裂病になって
「青春」が無くなったという十分すぎる原因なら思いつく。

俺を怒らせてくれるな。

シャバで生きていくには「健全な障害者」じゃないと駄目で
「精神障害者」だと駄目になる。
「健全である事」が障害者には必要とされる必須科目になる。

健全な分裂病がいるのかよ。と思うと
俺は腹の中に入ってるカップラーメンの麺がもどってくる。

2009年09月21日

第12回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

第12回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

ポッドキャスト&オンデマンド版<毎週月曜日更新>

※「月乃光司のハート宅配便」は、全国各地のコミュニティFMでも放送中のため、インターネット上でのストリーミング配信は行っておりません。予めご了承ください。

ハート宅配便

【番組紹介】
誰もが持っているちょっとした「生きづらさ」。そんな「生きづらさ」に効く「生きるコツ」を、様々な人生体験を乗り越えてきた女性サバイバーをお迎えしお聞きします。この番組を聞けば、100%とはいかなくても、33%でも生きることが楽になる、そんな力をリスナーのあなたにお届けします。全国各地のコミュニティFMでも放送中!

【放送内容】
対談ゲスト:上川あやさん(3)

【出演者】
月乃光司(こわれ者の祭典)、藤井奈央

【制作】
VOICE VISION(新潟市)

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投稿原稿「21世紀の自虐型シェリー」

「21世紀の自虐型シェリー」
作:何某 何


俺から離れてくれ
俺はいずれお前を裏切り
手ひどく傷つけるのだから

俺に期待しないでくれ
近いうちに情けない失望に変わり
軽蔑を投げつけたくないのならば
誰も望まない結末になる前に

彼はそう言った

俺を嘲ってくれ
ほかの誰よりも、あの人よりも
貶めて、けなして、恨んでくれ

俺を好きなようにしてくれ
正面から罵り、横から卵をぶつけ
背面で悪口を叩き、上から汚物をかけ
何だってやってくれ

堕ちていったヤツの見せた幻が
俺をじっと見つめている
お前もそうなる末路なんだからと
いつか地の底に行くその日までずっと
影は耳元でささやき続ける気だ

そう彼は残した

俺を見捨ててくれ
いずれそうなって当然なのだから
今のうちに最初からやっておくれ

俺を殺してくれ
ゴキブリのように殺してくれ
罪も無く殺しその後はただ
簡単に俺のことを忘れていってくれ

彼はそう遺した

終わってゆく自分を感じながら
彼は生まれてきたその訳と
生きてきた理由とに思いを馳せた

この世界とは一体なんだ
顔も動かせぬその躯で
彼は嘆き悲しむ

投稿原稿「サバイバル・・・いきるためのひきこもり 第2話」

「サバイバル・・・いきるためのひきこもり 第2話」
作:禁忌キッド

鳩山内閣の支持率が77パーセントに達している。そして、10月には「母子加算」の復活が期待されている。「母子加算」の復活は本当にうれしい。


しかし、日本中では今も路上で寝食をしている人たちが絶えない。

そして、今日颯爽と働いている企業戦士も、明日はどうなるかわからない。

ハローワークでは仕事にありつけない若者たちはたくさんいる。

誰だって明日は「失業者」かもしれない。 

私もよくハローワークに行くが、常に満員御礼である。

これらのことをどうするべきか?


鳩山内閣は、国民の生活を重視するというマニフェストを掲げている。私は、政治には期待していないが、いちるの望みを託したい。


ここで、もし私が総理大臣になったら、どんな政策を立てているだろうか?


最近そんなことをよく考える。


私だったら、政見放送でどんなことをいうのだろうか? 


シミュレートしてみよう。


NHK(にほんひきこもり協会) 政見放送


この番組は、公職選挙法に基づかず一部地域でせまく放送するものです。


まず、衆議院議員 小笠原諸島1区 新党オールニートニッポン 禁忌キッドさん

 

近畿生まれ ジャニーズ事務所に履歴書を送ったところ、ジャニートであるという理由で書類審査で落ちる。長年にわたり、ジャニーズ事務所に就職活動をしてきたもののやはりジャニートであるという事実は否めず苦杯をなめ続ける。ジャニートからジャニーズになるため、最近ファッションの研究を始め、顔にヒアルロン酸を塗りたくるなど、スキンケアを精力的に行っている。ヒアルロン酸を顔に塗ると一瞬顔がヒリヒリするという非難を浴びながらも、日本ヒアルロン酸大好き協会理事長として、山椒は小粒でもピリッと辛いではなく、ヒアルロン酸は、小粒でもヒリヒリ痛いをモットーとしている。痛みを伴うが気持ちいいマッサージのような構造改革を目指している。日本だけでなく全世界がスベスベになることを本気で目指す政治家である。


こんにちは、ジャニーズになれなかったジャニートの禁忌キッドと申します。私は近畿出身ですが、島流しにあい、現在小笠原諸島で過ごしています。

なので故郷の土を踏むことは許されず、今回小笠原諸島1区から立候補いたしました。小笠原諸島では地震や火山の噴火が絶えませんが、国会で大噴火をおこすため立候補したいと思います。大噴火を起こし、自民党と民主党を一気に飲み込んでしまおうと思います。

東京都の皆さん、小笠原諸島は同じ、東京都であるというトリビア知っていますか??同じ東京都民同士頑張りましょうね。


さてさて私が小笠原のきれいな海を見て考えたマニュフェストを聞いてください。


マニュフェストその1、20歳以上の成人全員に対して、月20万円の生活保護を行うことです。国民の最低限の生活を保障します。年金や失業保険などすべてなくしてしまいます。生活保護に統合してしまいます。となると、夫婦で40万円、40万円もあれば十分最低限の生活ができるでしょう。少し贅沢な生活がしたければ働けばいいのです。


財源をどこから作るというと、やはり公務員の削減でしょう。


これから在職中の公務員全員に2年に1回「公務員資格更新テスト」を実施します。合格率は50パーセント、つまり、2人に1人は公務員辞職です。公務員ははいるのは難しいといわれますが、はいっちゃえば楽だといわれます。だけど「国民のために尽くす職業」なので、在職中もしっかりと勉強してもらわないと困ります。そして、落選した公務員のためのセーフティネットとして、「公務員資格復活テスト」も実施しましょう。「公務員運転免許所」という教育機関を新しく設けます。そして、「公務員運転免許所」の3か月のカリキュラムを終了したあと、試験に合格すれば再び、カムバックさせてあげましょう。「公務員運転免許所」の月謝は月1万円にします。破格の安さなので通いやすいです。


難易度はサッカーのJ2のチームがJ1に昇格するぐらいの難易度なので、セレッソ大阪ぐらいの実力があれば難しくはないでしょう。


そして、新卒の公務員試験は、東大入試レベルの難易度に設定して、さらに狭き門にします。それにより、公務員は大幅に削減され、財源も生まれるでしょう。

もし人手が足らなくなれば、一般人からバイトを雇えば済むことです。

ハンコを押し続けるぐらいだったらバイトでも大丈夫でしょう。


そして、ハローワークを撤廃する。その代りに自営業を応援する施設をもっと作ります。今の日本人はぶっちゃけ組織や会社に頼りすぎです。自分で作ればいいじゃないですか。最低限の生活さえ保障しちゃえば、自分でビジネスを考える余裕も時間もできるでしょう。


就職は、就職雑誌とリクナビを見ながら自分でやれ。仕事が見つからなくても、お金があるから気にするな。


たとえ引きこもりでも、「20万円」の生活費は保障されているため、月収「20万円」の自営業者としてのポジションを確立できることでしょう。


家で「にこにこ動画」をみてまったりするのも、アキバのサイン会に参加してもいい、異性をナンパしまくってもいい。将来に向けて勉強するのもいいじゃありませんか。


普通にサラリーマンの月収が20万だとしても、20万+20万の生活ができるので、毎週恋人と優雅なディナーができることでしょう。毎月海外旅行に行ってきちゃってください。


毎月海外旅行に行けば、「国際人」になることができます。AWAYに強い人間になります。海外に揉まれ強い日本人になることができます。


もしかしたら、公務員削減だけで、財源すべてを賄うことはできないかもしれませんが、少しぐらい税金を上げてもこれならば大丈夫でしょう。


マニフェスト禁忌キッドはフリーダムなやり方なのです。いい意味でのスーパーフリーではありませんか・・・。


マニフェストその2 学校に行く義務の撤廃です。


いじめられてつらいめに遭っている子供たちに言いたい。学校に行きたくなければいかなくていい。いじめっ子は天下の悪法、少年法のせいで守られている。少年法の撤廃はマニフェストその3で述べるが、とにかく、そんな学校に行っても意味ない。


学校を強制しない代わりにフリースクールをどんどん作ります。「フリースクール支援法」を設けます。フリースクールを設立した場合、国がどんどん応援します。もちろん「フリースクール」がいやならいく必要もありません。


学校に行ったら社会性が身に着くといいますが、学校で社会性を教わることができているでしょうか?むしろ社会性を教えるのは親の責任ではないでしょうか?学校はそこまで手がまわりまへん。


エジソンは学校に行かず独学で天才になりました。日本には天才が少ないです。だから天才になるために独学を奨励したいと思います。


高校レベルの数学ができる小学生が、同級生と肩を並べて算数の勉強をしては物足りません。だったら家で大学レベルの数学に取り組めばいいじゃないですか??


そしたら数学バカになるんじゃないかって??


そんなことはない、一芸は多芸に通ずるのです。


歴史マニアになれば、暗記力が付きますし、雑学王になれるでしょう。コンパで誰も聞いていないのに、うんちくを語り続けることができる愛すべきKYになれるはずだ。


18歳になれば無条件で、全員に「高校卒業資格」を与えてしんぜましょう。


18歳になれば「高校卒業資格」を貰え、20歳になれば「選挙権」を貰えるのです。


すばらしい。


自宅にいて「高校」を卒業できる素晴らしいシステムです。学歴格差もほれ、解決です。


そして大学に行きたい人は、そのまま大学へ進学です。


そして経済的な理由で行けない人には、東京大学の通信教育課程を設けます。すでに慶応大学や早稲田大学でも通信教育課程が存在しているのに、なぜ東大にないのか??東大も出おくれてはならない。


そして、東京大学の通信教育課程は、誰でもはいれるようにします。授業料も月謝制で、月1万円にしましょう。入学金は10万でいいです。家庭の事情で東大に行けない人も、東大に入学できるという魅力的な制度です。


その代り東大の通信課程の卒業は厳しくしましょう。通学過程よりも厳しくします。だけど、着いていけず辞めたとしても、東大入学という学歴を得ることができます。面接試験でも堂々と東大に入学しましたと言えるでしょう。東大の通信を卒業したら、めっちゃ勉強したんだねと思われることでしょう。


ハイ、これで日本中にうずまく学歴コンプレックスがなくなりました。


入学が難しいが、卒業が簡単なのがいいか、入学は簡単だが、卒業が難しい。あなたならどちらを選びますか??私なら簡単に東大に入り簡単に東大を中退する選択を選びますが・・・。


マニフェスト その3 少年法の撤廃


 私は、「死刑反対」とか「加害者にも人権を・・・」という人権団体に物申したい。


もし自分の子供がいじめで自殺したり、家族が殺されたら、どう思いますか??


そんなときも「加害者にも人権・・・」と言えるのでしょうか?もしそんな奴がいれば

変態です。


結局「人権団体」は、わが身に置き換えて考えていないから、そんな人ごとみたいなことをいえるのでげす。


もちろん未成年の加害者は実名報道する。もちろんインターネットでは大炎上でしょう。


加害者がノーハンディで社会復帰できるのはおかしい。


加害者が仕事がなくても、月20万円の生活保障があるので生活はできるでしょう。

ただ周囲の冷視に耐えながら生きる強さは必要ですけどね・・・。


未成年の場合も服役させる。

未成年の場合子供だけではなく親の責任もあると考え、親も服役させる。

結局そんな餓鬼をのさばらせたのは親の責任なのです。


もし子供がいじめに加担したり、非行しそうであれば、学校に行かせるべきではない。

人様に迷惑をかけるような子供はきっちりと家で教育しまくるべきです。


もしそれでも子供が治らない場合は、専門のカウンセラーや施設でしっかりと教育してメンタルケアすればいいのです。


もしそれでも治らない場合は、韓国政府に出向いて、韓国の軍隊に志願兵として参加すればいいのではないでしょうか?きっとものすごく精悍な人間になるでしょう。


最後に、禁忌キッドと一緒にヒアルロン酸で、日本中をスベスベにしましょう。

投稿原稿「サバイバル・・・生きるためのひきこもり 第1話」

「サバイバル・・・生きるためのひきこもり 第1話」
作:禁忌キッド

はじめまして、禁忌キッドと言います。近畿在住です。

禁忌(タブー)をえぐる文章を書きたいと思っています。

KINKIKIDSと名前が似ていますが、ジャニーズ系ではありません。どちらかというとジャニート系です。

 


さて現在私は、現在体調を崩し休業中であるが、将来を見据えてカウンセリングの勉強をしている。何年か社会人をやってきて、メンタルケアの重要性を知ったからだ。

おかげさまで体調も回復してきている。


将来的には「引きこもり」や「ニート」の人が気軽に受けられるインターネットでカウンセリングルームを作りたいと思っている。


私は、集団とか組織に属すると、生理的に合わない性格で、苦労が絶えなかった。一時そんな自分の性格が嫌で自己嫌悪に陥った時期もある。


しかし、あるときからふと思うようになる。

集団とか組織のしがらみとか、本質的に日本社会に合わない人たちがたくさんいるのではないだろうか?


世相は徐々に厳しさを増している。派遣切りに合い、路頭に迷う若者たちは後を絶たない。うつはすでに国民病になってしまった。学校のクラスの人間のいじめに耐えきれず、自殺をする若者も絶えない。


しかし背景には「辞められない事情、辞めさせてもらえない事情」が存在している。


会社をやめたら生きていけない。

学校をやめたら生きていけない。

 

さまざまな「生きていけない」が日本中に存在している。

 

「自己責任」というが「個人」の力ではいかんともしがたい流れがそこにはある。 


ひきこもりやニートは本当に「人間失格」なのだろうか?


生き延びるためにその選択を選んでいるのではないだろうか?


無理に頑張って討ち死するより、それは正しい選択なのではないだろうか?


本当に、大切なことは何だろう。我々は本当に間違えているのだろうか?


これから我々を取り巻く世の中のさまざまなことについてメスを入れていきたい。

2009年09月23日

投稿原稿「サバイバル・・・生きるためのひきこもり 第3話」

「サバイバル・・・生きるためのひきこもり 第3話」
作:禁忌キッド

さて、マニュフェストは楽しんでいただけたでしょうか?

このマニュフェストが実現したら、自殺者は大幅に減ることは間違いないでしょう。


http://www.allneetnippon.jp/2009/09/2_21.html 禁忌キッドのマニュフェスト


さて、今日は「働かざるもの食うべからず」ということについて考えてみよう。


働かざるもの食うべからず・・・、よく聞く言葉だ。この言葉を言われたことがない日本人はほとんどいないのではないだろうか??

 

だがよく考えてみると、恐ろしい考え方だ。その言葉の裏には、多分に「働かないものは死ね」というニュアンスが含まれていると思うのは私だけだろうか?


働かない人は死ね・・・となると、働けない人はどうなるのだろうか??仕事がない人はどうなるの?昔のようにおなかがすいたら木の実を採集して生きていくの??


現代では、生活保護が受けられなくて餓死する人も多数いる。

仕事がないと生きていけないというのは恐ろしいことだ。


誰だって職を得れるわけじゃない。職に就くためには、実力も必要だし、運も必要だ。

実力があったとしても、職に就けない人もいる。


年々就労問題は厳しくなってきている。


それはなぜか?考えてみた。


昔だったら、人がやっていたことでも、今は機械やパソコンが自動的にやってくれる。

業務のオートメーション化は進化しづづけている。より少ない人手で業務が回転するようになってきている。

 

現在の失業率の増加は、業務効率が上がったことと関係しているのではないか??

無理矢理全員を働かせる必要がどこにあるのだろうか?


機械化による業務効率の向上が、失業率の増加を生んだと考えれば、それは本当に喜ばしいことだろうか??


必要な人手が減るということは、求人が減ることを意味する。だから職にありつけない人は必然的に増える。

 

昔だったら10人必要だった作業が、今は3人でできる。だったら必然的に7人は遊兵になってしまう。もしその7人を活かすことができなければ、人件費ばかりかかっていいことない。その7人を活かすことができない企業は今まで会社のために尽くし続けてきた中高年のリストラという手段に出るのだろう。

そのような企業が増えたことが、現在の就職難を生んでいるのではないかと考察する。


その7人を活かす方法としては、今まで内勤をしていた人を営業に回すぐらいだろうか??会社で幽閉させるぐらいなら、外でPRしてもらったほうがいいと考えるのは必然的なことだ。


しかし、営業には適性がある。性格的に営業ができない人はたくさんいる。となると「営業」に向いていない人にとっては本当にきついことだ。内向的な性格の人にとっては営業は過酷でしかない。営業しても結果を出せない人はたくさんいる。となると人件費だけがかさむのだ。結局結果が出せない営業マンは企業によってはリストラと相成る。


さてリストラされた者たちは、当然再就職を希望するが、年齢面でなかなか就職ができない。もちろん若年者でも難しい。


今ハローワークを見ても圧倒的に多いのは「販売・営業」の求人である。高度なコミュニケーション能力が必要である。となると面接の時点で、淘汰されるものも出てくる。

資格は基本的に必要はないが、特にフリーターやニート、引きこもりにとっては厳しい道だ。


事務作業の求人もあるが、高度な資格が必要な求人の割合が非常に多い。となると資格を取るために、多大な学費が必要になる。資格をとれたとしても、実務経験がなければ、就職は難しい。実務経験は会社で働かないと身につかない。キャリアのスタートをフリーターやニートで過ごした人にとっては至難の道であることは間違いない。


現在、うつ病などの精神的疾患で退職した人もたくさんいるが、再就職の試験で「うつ病」持ちですと自己申告すれば、面接になかなか受からないという現実もある。それゆえ「うつ病」を隠して再就職するも、再び退職してしまうケースもたくさんある。


結果、日本中に「働けない」人たちが増えてきたというわけだ。

日本中にはいかんともしがたい理由で働けない人もたくさんいる。


障害者のお子さんを介護しないといけない母子家庭の人もいる。


中学校の同級生で、高校卒業後揚々と生きてきたものの、原因不明の皮膚疾患になり、現在も療養しているやつがいる。


うつ病を発症して、障害者手帳を持っている者もいる。


大学卒業後、両親が倒れ、両親を介護し続けた男性もいる。


なんとか就職したものの、突然パニック障害になって退職した者もいる。


突然脳梗塞になって動けなくなる。


「いじめ」にあい、引きこもりになったものもいる。


20代を「うつ病」のためひきこもりで過ごして、一念発起して再就職を目指したものの、

未経験と年齢という壁に引っかかって再就職できないものもいる。


 

「働かないもの食うべからず」という人は彼らのことをどう考えているのだろうか??


この問題を解決するためには、成人全員に無条件で生活保護を支給するぐらいしか解決策がないのではないだろうか??


ご意見がありましたら、 kinkikiddesu@yahoo.co.jp によろしくお願いいたします。


「頭おかしいんじゃないの」とか「頭痛いんちゃうの??」という率直なご意見でもOKです。

文章に惚れましたという絶対来そうにない応援メールでもOKです。


結婚相手も募集しておりますのでよかったらどうぞ!!


http://www.allneetnippon.jp/2009/09/2_21.html マニュフェストです。

2009年09月24日

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第6話 アリ」

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「第6話 アリ」

午前9時。東京のありとあらゆる場所で一日が始まろうとしていた。会社では社員の誰もがコンピューターを立ち上げて、電話が鳴り始めるのを待っている。学校でも、生徒の誰もが教科書を開いて、先生が話し始めるのを待っていた。私はこの一日が輝きだす瞬間が大好きである。興奮しているのだが、心の深い所では落ち着いていて、なおかつ喜びに溢れている。そんな気分である。生きていてよかった、と思う。しかし私はその朝会社にいたわけでも、学校にいたわけでもない。私は自分の家のすぐ前にある一本松公園の中で、一人ベンチに座っていた。そしていつもの様に、雲一つない空をずっと眺めていた。


そして公園ではアリたちも仕事を始めていた。アリも人間と同じ様に、夜は巣の中で休息し、朝になると活動を開始するのだそうだ。私の足元では、セミの死骸をたくさんのアリたちが協力して巣へ運ぼうとしていた。「なんて健気なヤツらだ」と私は感心していたが、どうしても自分のいたずら心を抑えることができない。私はそっとそのセミの死骸を指で掴んで、ベンチの後ろに放り投げた。せっかくのご馳走が目の前から一瞬で消えてしまうという恐ろしい経験は自分では絶対にしたくないと思っているが、右往左往するアリたちを見ているのは面白かった。しかし25歳にもなって朝から公園でアリと遊んでいるなんて、私はきっとバカか天才どちらかに違いないが(きっと後者だろうと信じたいが)、私の人生がこんなことになってしまうなんて、私が学生の頃には夢にも思うことができなかった。恥ずかしい、を通り越して情けない、と言ったところか。「お前もそろそろアリのように勤勉に働きだしたらどうなんだい」という声が聞えてきそうだが、私はどうせ働くならアリの様にではなくて、人間らしく働きたい。だが人間らしく働くとは具体的にどういうことを意味するのだろうか。


「アリとキリギリス」の話は誰でも聞いたことがあるはずだが、簡単に言うと夏休みになっても遊ばずにこつこつと勉強したアリさんは就職氷河時代でもなんとか就職することができたが、その頃遊びまくっていたキリギリスさんは就職することができず死んでしまった、という話である。 私はこう思っている。「人生はあっと言う間なのだから、遊べる時に遊んで青春を謳歌し、悔いのない人生を送ることが大切だ」というのがこの寓話が一番言いたかったことだと。人間はいつ死んでしまうか分からないから、今をいかに生きるかが究極のテーマであるはずだ。しかし誰もそのことを語ったりしない。世界中のほとんどの人はこのアリさんの様な、将来のために今を犠牲にする生き方を素晴らしいと思っている。しかし、もしこの瞬間に幸せと思うことができなければ、未来でも幸せと思うことはできないのではないだろうか。そして私は絶対にアリさんの様に冷たく生きたくはない。アリさんはキリギリスさんを助けることはなかった。「お前が若い頃、女を追いかけまくって遊んでいた時、俺はがまんして勉強していたんだ。今俺がいい思いしないと面白くないんだよ」といった心境だったのだろう。その気持ちは分かる気もするが、何か寂しいな、と思う。そして悲しいことだ、とも思う。「見返してやりたい」と人生を生きるよりも、過去は忘れて生きる方が人は幸せな人生を送れるはずなのに。


その様にしてアリは「勤勉で、計算高いことは素晴らしい」という価値観を象徴する生き物になっているのだが、実際はアリにも色々なアリがいて、アリ全員が働き者ではない、という事実はあまり知られていない。まずこれは当たり前だが、アリの社会だって格差社会の一つで、女王アリ、雄アリ、そして働きアリと身分制度が存在する。働きアリは全員メスだが、毎日雄アリと遊んで暮らしている女王アリの奴隷の様なものである。しかし最も興味深いのは働きアリの間でも全く働かないで生活しているアリがいる、ということである。ある研究によると(実際どの様な実験だったのか私には分からないのでその研究結果の信憑性を疑うことはできないのだが)働き蟻の集団の2割は働き者で、6割は普通。そして最後の2割は全く働かない、のだそうだ。そして、働き者の2割だけを集めて新しい集団を作っても、同じ様にまた、2割が働き者、6割が普通、そして2割が全く働かないと自然になってしまうのだそうだ。


どうして働きアリの2割は働かなくなってしまうのだろうか?この現象はどうしたら説明できるのか私なりに考えてみた。まず考えられるのは、これらの20%の働きアリは老人、子供、もしくは障害者であるということだ。彼女らは過酷な肉体労働はできないから、ただ仲間を見守ることしかできない。次に考えられる理由は、彼女らはただ何もしていない様に見えるだけで、実際はアリにしか聞こえない独自の超音波でコミュニケーションをしている、ということだ。歌を歌い仲間達を喜ばせているのかもしれないし、危険を察知してそれを知らせているのかもしれない。人間の社会で言うならば歌手や占い師の様な仕事をしているのだ。しかし誰もアリが実際に超音波を使っていることを確認することができないので、この説が正しいと証明することは難しいだろう。


そして最後に考えられるのは(そして私はこれが一番有力な説だと思っているが)この20%の働きアリは働けるけれど働かない、つまりニートアリであるということだ。しかし疑問は残る。どうして彼女達はニートになるのだろうか、という疑問だ。私の考えでは、それはアリの集団生活を永続するためのシステムの一つだから、ということだ。どんなことでも100%の状態でいることは危険なことで、80%ぐらいのほうが様々なことに順応に対応することができる。例えば、もし働きアリが全員フルに働いていたとしたら、地震や洪水といった天災が起こった緊急事態には対応が遅れてしまう。そしてもっと大切なことがある。それは、働きアリの精神的余裕が生まれる、ということだ。5人に1人はニートをやっているから、もし自分がどうしても前に進めない時は、誰にでも相談できるし、少しニートを経験してみることもできる。自分を追い詰めて、燃え尽きたりすることはない。ニートであることは恥ずかしくことでも何でもなく、誰でも経験することだと社会が受け入れているのだ。働くことに苦しんでいる時に「私も若いころニートしたのよ。でも今はちゃんと働いているのよ。私は今幸せよ」と相談相手に言われるとどんなに気がラクになるだろうか、と思う。もし、そういった社会のセーフティーネットがなく、働きアリたちが全員ひたすら働くことしかできなかったらどうなるだろう。そのうち不満が溜まりに溜まって、集団自殺、テロ行為、もしくは大革命と、大混乱が起こってしまうに違いない。そうして、そのアリの集団は滅びてしまうだろう・・・


人間の社会も同じではないだろうか。「ニートしているのか、ははは」と笑い飛ばせるぐらいの精神的余裕が私たちには必要である。朝から公園でフラフラしながらのんびりと生きている人がいるから、社会は暴走せずに安定していられるのである。もちろん私は自分の生き方を正当化しようとしているのではない。私は自分が思っていることを素直に述べているだけだ。そして私はこう言いたい。ニートは日本社会のヒーローである、と。ニートは何もしていない様に見えるが、社会という集団生活の中で「何もしない」という役割を立派に果たしているのだから・・・

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第5話 缶コーヒー」

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「第5話 缶コーヒー」

あの朝も、私はいつもの様に一本松公園にいた。だが、あの日はいつもとは違っていた。作業服を着た20代の男たち3人が、私がいつも腰掛ける松の木の下のベンチでたむろしていたからである。「俺の領域に勝手に入ってくるな!」と言えたらどんなにいいだろう、と思う。私には勿論そんな度胸はない。仕方がないので、私は公園の一番隅にあった花壇の仕切りの上に座ることにする。無職とは社会の隅っこに生きるようなものだが、公園の中でさえも隅っこに居なければいけないと思うと悲しかった。朝からこんな惨めな気分になるのはいいことではない。しかも私の尻は痛む。すごく痛むのだ。もう座りたくない。なんて私は情けない男なのだろうか。しかし私はすぐにこう思い直すことにした。もしそのことが悔しければ戦えばいいではないか、と。一人で泣いている暇などない。男らしく、彼らにこう言えばいいのである。「ここは俺の領域なのだから出ていけ。ベンチの裏にも俺の名前がマーカーでちゃんと書いてあるではないか」と。もちろんそんなことある訳ないのだが、デタラメでもいいから主張してみればいい。「領域なんてあるかこのボケ!」と罵られながら、ボコボコにリンチにされてしまうかもしれないが、一人でメソメソと泣いているよりかはましである。


私が無職になって間もない頃の話だが、ある夏の夜、星空を一人で眺めながら、私はある一つのことを自分自身に誓った。それは人生に絶対に妥協しない、ということだった。イヤなものにはイヤだと言う。そして好きなものには好きだと言う。そして本当にやりたいと思っていることがあれば本当にそれをやってみる。どんなに不可能だと思えることだったとしても、せめてできる限りの努力をして。たとえそれがどんなに小さなことであっても。これは実際にやってみると難しい。難しいのだが、その様に生きる重大さは計り知れない。


例えば、私が住んでいるアパートのすぐ前にある自動販売機には「缶コーヒーのボス」がない。サラリーマンの誰もが愛して止まないこの伝説の人気商品「缶コーヒーのボス」がない自動販売機は日本中くまなく探したとしても見つけることは難しいだろう。私は自分の目を信じることができなかった。「そんな下手な商品選びで利益が出せるわけがないからもう一度よく考え直せ」と私はその自動販売機のオーナーのセンスに失望したが、そのオーナーはただのバカではなかった。そこの自動販売機には「午後の紅茶 ミルクティー」はあったのである。私は迷った。迷いに迷ったが、私はどうしても「缶コーヒーのボス」が飲みたい、と思った。「午後の紅茶 ミルクティー」も大好きだが、どうしても「缶コーヒーのボス」を諦めることはできない。どうしてもあのほろやかな香り、そして心が癒される様なあのひとときを忘れることはできないのだ。


私は覚悟して、走り出した。1丁目、そして2丁目と景色が変化していくが、私の目にはもう「缶コーヒーのボス」しか映っていない。角からものすごいスピードで車が曲がって来ていたが、私はすぐ気付くことができなかった。「う、うおおお!」私は叫びながら、地面にダイブする。危機一髪だった。プップーとクラクションが鳴り響く。その光景を目撃していた、近くを歩いていたおばあちゃんはびっくりして買い物袋を地面に落としてしまった。ばらばらと、キュウリやトマトが道路に散乱した。そして「なんだこのきちがいは」とでも言いたそうな顔で私を見つめていた。だが、もう遅い。「人が何かを達成しようと思ったら、何かを犠牲にしなければいけない」と昔何かの漫画で読んだセリフが脳裏によみがえる。もう誰も私を止めることなのできないのだ。私は走り続ける。おばあちゃん、許しておくれ。私はゴールに向かってひたすら走り続けるのみ、である。そしてついに私はローソンに辿り着く。私はもの凄い勢いでドアを開ける。いらっしゃいませ、という店員の言葉も聞こえない。私は店の奥に突進し、棚に煌煌と並んでいた「缶コーヒーのボス」を手に取った。そしてすぐ、会計をすまして、外に出る。そしてローソンの前の段になっている所に私は腰掛けて、プシュと缶を開く。そして私はいっきに飲み始る。私の目からは涙が溢れ出ていた・・・


「缶コーヒーでそこまでやるか。よっぽどの暇人だなお前も」と思う読者もいるかもしれない。しかし例えどんなに小さなことでも、自分がああしたい、こうしたいと望んでいるものはいつか必ず実現するもので、そしてそうやって欲望を満たすために人生を生きることは悪いことではない、と考えることは間違いではないはずだ。「本当はああしたいのだけれど、時間がないから」「本当はあれがほしいのだけれどお金がないから」などと自分に一度でも嘘をついてしまうと、たとえそれが缶コーヒーという本当にささいなものであったとしても、私たちは自分たちの心を見失しなってしまう。そして私たちの欲望は満たされなくても当たり前で、そういった欲望を持つ事自体恥ずかしいことだ、と考える様になってしまう。そして、そういったことをずっと続けていると、どんどんとそれが積み重なり、いつの間にか「何でもどうだっていいや」と感じる様になってしまう。そしてそういった態度は私たちを無気力にさせる。これは危険なことでもあるし、悲しいことでもある。私たちはもう生きる意味さえも忘れてしまうが、もしそうなるともう人生も社会も発展していくことはない・・・


私はそんなことをずっと一人で考えていたのが、ついに勇気を出して、立ち上がり、いつも私が座っているベンチに座らせてくれないかと交渉することにした。しかし私が顔を上げると、彼らはすでに公園を去っていた。公園のすぐ目の前にある敷地で新しい家を建てる工事が始まっていたので、彼らはそこで働いているに違いなかった。よかった、無駄な血を流さず(もしくは犬死をせず)にすんだ、と私は喜んだ。そしてそのベンチに座って、空をずっと眺めていた。今日もまた一日が始まるのだ。世界中で。そして人々はたった二つのことをやるだけ。その人がやりたいこと。そしてその人がやりたくないこと。本当はたったそれだけのことなのに・・・

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第4話 クビ」

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「第4話 クビ」

朝だ。また朝が来たのだ。私たちには毎日朝がやってくる。それはまるで「もうお前なんかこなくていい。お前はクビだ」と社長に言われても、何を言われたのか理解できずに、次の日また出勤してくるどうしようもない社員の様なものである。かなり困ったものだ。本当のバカにはバカとは言えないものである。そして社長はしょうがないから覚悟を決めるのだ。彼はこう語るのである。「わかった。お前を一生面倒みてやる。しかしもう二度と失敗しない様に一生懸命働け。どちらにせよ労働基準法があるから、そんな簡単にお前をクビにすることなんてできやしなかったのだよ」と。彼はそしてその社員を強く抱きしめる。社長の目から、そして社員の目からも美しい大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちている。それは、私もこの原稿を書きながらえんえんともらい泣きしてしまいそうな、素晴らしい光景である。


しかし、しかしである。私はその社長の様に、涙を流しながら朝を迎えることなどはできやしない。私はもっと寝たいのである。本当に申し訳ないが。できれば今日の昼、いや夜まで寝ていたいのである。私はベッドの上でうつ伏せになり、目をつぶり続ける。寝たふりである。スースーとゆっくり鼻から息をしながら、体を動かさないよう集中する。しかし私の心はどうしても「無」になることはできない。私はこう考えていた。その社長だってきっと私の様に意地悪になろうと思えばなれたはずだった、と。ずっと無視し続けることだってできたはずなのだ。そして「あれ、君は誰だっけ?新入社員?」ととぼけてもよかったはずだった。それは残酷極まりないことなのかもしれないが。そして残念なことに(またこれは当たり前のことではあるが)その時私の世界で起こっていたこと全ては、寝たふりという恥すべき行為を決して許すことはなかった。世界は朝の味方だったのだ。


愛に飢えているベランダのスズメたちは歌を歌うことを止めることはない。「カラオケの練習ならビッグエコーに行ってこい」と大声で言うことはできる。だが彼らに意味が通じる訳がない。そして彼方から聞えてくる、まるで「朝の散歩に無理やり俺をつき合わすな!」とでも言っている様な深刻な犬たちの鳴き声。「飼い主は何をしているんだ!迷惑なんだよ」と大声でベランダから叫ぶことはできる。だがそんなことをする勇気など私にはない。しょうがない。しょうがないのだ。私はついに起きることにする。そして私は窓を開けると、太陽に頭を下げて挨拶をした。ああ、よく戻ってきたな、と。私はベッドから抜け出すと、トイレをすまし、鏡に映る自分の顔の細部に注意しながら、ひげをそり、歯を磨く。そしてスーツに着替えて、私は家を出た。だが今日も私は会社に向かっているのではない。わたしは一本松公園に向かっていたのだ。


公園の朝は素晴らしいものである。ぽかぽかと太陽の光に照らされて、ちょうど心地良い。ベッドに寝ていなくて正解だった、と私は思った。ついさっきまであんなに「寝かせろー」なんて言っていたのに都合がよすぎないか、と言われるかもしれないが人間なんてそんなものである。本当に申し訳ないが。そして私はいつもの様に公園の入り口を通り、中央にある松の木の下のベンチに腰掛ける。そして私はこう考えていた。誰もがクビになり、転職先が見つからず、飢え死にしてしまうことを恐れているが、果たしてそういったことはそれほどまで恐れるべきことなのだろうか、と。クビになるということは女の子にふられること同じだと思っている。勿論ふられるのは誰だっていやだが、前を向いて新しい出会いを求めるしかしょうがない。もしかしたらもっと素晴らしい女の子に出会えるかもしれないのだ。「別れることがなければ、めぐり逢うこともできない」である。私が今までの人生の中ですでに100回以上はふられ、もう何も怖いものがないからそんなことが言えるのだ、と思う人もいるかもしれないがそれは間違いである。私は本当にクビになること、ふられることは悪くないことだと思っている。もちろんいいことだとも言わないが。また、私はこうとも思う。クビになったからと言って、会社の悪口をいったり、訴えたりするのは、ストーカー行為と同じことなのではないだろうか、と。はっきりと事前に言わしておいてもらうが、もちろん私は一度もストーカーになったことはない。だから実際の所、ストーカーの心境というものは私には分からない。ただきっとそうだろうなと推測しているだけだ。だがきっと間違いではないと思う。


そしてクビより恐ろしいのは、クビにもさせられず一生そこの職場で飼い殺しにされること、ではないかと思う。生かさず、そして殺さずという職場は怖い。私は絶対にイヤだ。給料も上がらず、生きがいも見出せず、「私は家族を養う義務があるから」と辞めたくても辞められない。ただ走り続けるだけ。私はその様に生きて安定を手にするよりも、もっといい職場を求めて不安定を求めるほうがいいと思う。我慢をしたり、泣き寝入りしたりしないで、イヤなものはイヤだとはっきりと言える方が健全な生き方のはずだし、社会もそうやって向上してくはずだと思っている。私たちは社会のいじめられっ子になってはいけないのである。しかし私は時々不安になってしまう。この私の考え方は間違っているのだろうか、と。こういったことを語るとたくさんの人は私にこうアドバイスするからである。「そういった考え方は甘すぎる。5年がんばって耐えるんだ。我慢しろ。3年でもいい。そうすれば何も感じなくなる。人生はそういったものだと考えられる様になる」苦しむことにひたすら耐えることが、いい人生を送るということなのだろうか。未来の安定した給与のために今苦しみを耐えることは、果たして幸せな生き方だと言えるだろうか?私には分からない。私は公園でたった一人、ベンチに座りながら考え続ける。だがどうしても私には分からない。どんなに一日中考え続けたとしても・・・

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第3話カーネル・サンダース」

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「第3話 カーネル・サンダース」

朝だ。ニートであろうとフリーターであろうと誰にだって朝は来る。同じ様にどんな人にだってきっと人生をやり直すチャンスは必ず来る。私たちはいつでも変わることができるのだ。もし私たちにやる気さえあれば。そして私はもう一つ知っている。ベッドでいつまでもごろごろとしていることがどんなに気持ちいいことだったとしても、私たちはいつでも立ち上がることができるということを。やる気さえあれば不可能なことなど何もない。私はそんなことを考えながら、いつもの様にベッドから起きて、歯を磨き、着替えて、外に出た。夏の太陽が眩しかった。だが私は会社に向かっていたわけではない。私は今日もまた、家の目の前にある一本松公園に向かっていたのだ。


そして公園の中に入ると、私は松の木の下にあるベンチに座り、ある男のことを思い出していた。カーネル・サンダースである。ケンタッキーフライドチキンのおじさん、と言ったほうが分かりやすいかもしれない。なぜこんな希望に光り輝く朝に、かわいい女の子のことではなくて、そんなおじさんのことを考えることができるのだろうと疑問に思う読者もいるかもしれない。私自身でさえも疑問に思っている。そうかお前はやっぱり変質者だったのか、と言われてもしょうがないかもしれない。だがはっきり言っておくが、私は変質者ではない。ただ、私は彼のことを考えずにはいられない。考えずにはいられないのだ。なぜならそれは、カーネル・サンダースは、私、いや私だけなく世界中にいるフリーター達にとって最大にして最高のスーパーヒーローだからである。


ケンタッキーフライドチキンという大企業を創立したカーネル・サンダース。しかし彼はなんと小卒で、40歳になるまでいろいろな職を転々としたフリーターだった、という事実はあまり知られていない。私は最初その事実を雑誌か何かで読んで知ったと記憶しているが、その時私は自分の目を疑わずにはいられなかった。そして心の奥から込み上げてくる怒りによって、私の体はプルプルと震えていた。「彼の両親は一体何を考えていたのだろう。最低だぜ!」それが私の第一声である。どうして彼の両親はなんとかして彼を学校に行かせてあげることができなかったのだろうか、と私は考えていた。たとえどんなに彼は全く勉強ができない、ケンカばかりしていた非行少年だったとしても、そういった学生でも入学させてくれる学校を探したり、もしくは専門技術を身につけるためにどこかに弟子入りさせたりと、何か手はあったはずなのだ。


しかし彼は十分な教育を受けることができずに、15歳から仕事を始めて40歳までの25年間で、40種以上の職を経験することになる。彼が転職する際にはいつも、履歴書を書くのに大変苦労していたはずだ、と私は想像する。面接では「はあ、好奇心が旺盛で、いろいろ経験したいと思いまして・・・」などと、長所に変えてアピールしていたのだろうか。「やっぱり仕事も、女性とのお付き合いもたくさん経験したほうがなんでもうまくなりますな・・・」などとウケを狙ったりもしたのだろうか。転職先の人事部担当も困っていたに違いない。今では誰もが知っている成功者の一人なので想像するのが困難だが、彼は若い頃には典型的な負組みの一人だったのである。


しかし彼は40歳の時、ある重大な決意をする。そしてそのことが彼の人生を劇的に変えることになった。それは結婚ではない。そしてそれは犯罪でも、自殺でもなかった。なんと彼はガソリンスタンドのレストランを開業することにしたのである。それは彼の人生の全てを賭けた一発勝負だった。もう彼には失くすものは何もない。やってみる価値はあった。そして彼は起業に成功した。彼のレストランは素晴らしいサービスで評判になった。彼はやっと4人並みの中流の生活ができるようになった。「ついに人生バラ色だ」と彼は喜びの絶頂だったに違いない。だが、悲しくも成功はいつまでも続かなかった。彼が60歳になる頃、近くで新しい高速道路が開通すると、お客が減ってしまいなんと彼の店はつぶれてしまったのだ。こんな波乱な人生があっていいのだろうか、と私は天に問う。60歳でまたしても彼は全てを失ってしまったのである。


しかし彼のすごい所はここからである。もう誰もが彼の人生は終わった、と思っていたに違いなかった。私も彼と同じ立場だったなら、「ああ、もうわしも60じゃ。人生はこんなものじゃ」と残りの人生をのんびりと謙虚に暮らそうと思っていたに違いないと思う。貯金と年金だけで。だが彼は違った。彼はまだ豊かな生活への夢を捨てきることはできなかった。そして彼はレストランを経営していた時に培ったおいしいフライドチキンの作り方のノウハウを他のレストラン経営者に教えて、お金をもらうという、その時世界で初めてだったフランチャイズビジネスを始める。彼は車でアメリカ全土を回って、営業し、たくさんの契約を取っていった。彼が65歳の頃だった。そしてこのフランチャイズビジネスは大成功し、今のケンタッキーフライドチキンになったのである。もうただのフリーターではない。彼は世界中の人から愛され、尊敬されて止まない男に大変身した。そしてありとあらゆる場所で彼の像は建てられていく。人生の9回裏、2死満塁の大逆転ホームランだった。


このストーリーは私に希望と勇気を与えてくれた。長い人生、必ず成功するチャンスは来るのである。たとえ小卒のフリーターでも。たとえ65歳のおじいちゃんでも。だが誤解しないでほしいが、私はだから別に何もしなくてもいい、と言っているのではない。ただ私は誰にでもチャンスはある、ということをいいたいだけだ。そのチャンスをものにできるかどうかは私たち次第である。(じゃあお前は朝から公園でフラフラして、いったい何をやっているんだ、という突っ込みは勘弁してほしい)最後に、これは有名な話なので知っている人は多いと思うのだが、カーネル・サンダースはあの国民的漫画「スラムダンク」に登場する安西先生のモデルにもなっている。私は安西先生の「あきらめたら、そこで試合は終了だよ」という伝説の言葉と共に青春時代を過ごした一人だが、実際のモデルになったこの人物は言葉ではなく、彼の人生を通して私たちに同じメッセージを言っていたのだと思う。彼の人生は私たちにこう語るのだ。「あきらめたら、そこで人生は終了だよ」と。

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第2話 松屋にて」

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「第2話 松屋にて」

ドアを開けると、青空が広がっていた。私は鍵を念入りに閉め、財布を忘れずに持っているかポケットに手を当てて確認した。そして、アパートの階段を勢いよく降りて行った。今日も、私は会社に向かっていたのではない。そして家の前の一本松公園に向かっていたわけでもなかった。私はあの、ニートならば必ず一度はお世話になることがあるというあの伝説のチェーン店に向かっていたのだ。その名を松屋という。

私の空腹感はすでに限界に達していた。面白いことに何でも限界に達してしまうと、もう何も感じることがなくなってしまうシステムが人間の体にあると25年の人生の中で空腹感が教えてくれた。 どんなに空腹になり、唾液も口からあふれ出て、ただ「ああ、大盛りの豚丼が食べたい」という言葉を心のなかで連呼するしかできない状態になったとしても、我慢を続ければある瞬間にその死ぬほどの苦しみを感じなくなることができるということを、インドやネパールで修行をすることなく、この日本という国で身を持って学ぶことができた。そしてその境地に達するということは、不可能なことなどこの世界には何一つないという真理を悟り、超人的な力を発揮する瞬間を生きるということと同じことでもある、と私は同時に学んでいた。 つまり、飢え死にしそうにもかかわらず、信じられない様な能力を発揮して、私が住んでいるアパートから駅前の松屋までの険しい、危険に溢れた道のりを、顔に笑みを浮かべながらたった十分ほどで歩ききる力も、その瞬間には発揮されるということを私は学んでいたのだ。

そんなオリンピックのマラソン選手でも逃げ出してしまうであろう試練を乗り越え、松屋に辿りついた時、私は自分が見ている光景を信じることができなかった。あ、ありえないぜ、と私は思った。なんと、席は満席。汗だくで、汚い作業服を着た男たちで店は一杯だった。ヤンキーの様な人たちもいる。頭がくらくらした。どれほど待たされるのだろう。時計を見ると12時25分。確かにこんな時間にくる私が間違っていたのかしれない。だがこんなひどい事が、この平成の日本社会であっていいのだろうか?「死にそうに待っている人がいるんだよ!みんな早く食べて帰ってくれ!」と小心者の私には言えるわけがない。みんな怖そうな人ばっかりだったのだ。そして暗闇のはるか彼方から「いらっしゃいませ。 少々お待ち下さいね」とある女の子の店員さんのやさしい声が聞こえた。「か、かわいいからっていい気になりやがって。俺はここで毎日ご飯を食べているんだよ。俺の顔も名前も覚えられないのか。VIPとはどういった意味なのかお前には分からないかもしれないが、今時の小学生なら誰でも知っているぜ!もし近くに吉野家があれば俺はそっちに行っているはずなんだ!俺の人生をどうしてくれる!」と私は心では思っていたが勿論言えるわけがない。そんなこと。 「ありがとう」そう言うと、私は入り口の前にある食券の自動販売機の前で棒立ちになっていた。

すると、すると、である。今度は別の方角からある男の声が聞こえてきた。「おい、早く決めろよ。 買わないならどっかいけ。」な、なにィ・・・ゆ、ゆるさんぞ、よくも、よくも、と私はまるでスーパーサイヤ人に変身する直前の悟空の様だった。「俺が一体どんな気持ちでこの店に入り、この絶望と悲しみに立ち向かっているのかお前分かっているのか。そんな言い方、俺は許さないぞ、フリーザー!」と、私は振り向いた。だが、私は信じられないものを見てしまった。ジェルでトゲトゲの黄色と赤に染まった髪。腕に意味の分からないハート型のタトゥー。背は190センチ以上あるだろうか。 「俺はスーパーサイヤ人だ!かかってこい」なんてこと、当たり前だが私には言えるはずがない。 私はぷるぷると震えながら「すいません」とつぶやき、420円の豚丼大盛りを購入し、涙をこらえ、席が空くのを待つことにした。  

辛抱して待つということ。それが人生でどんなに重要なことなのか私は失恋を通して学んだが、この時もその重要さを悟らずにはいられなかった。「ご馳走様でした」と一番奥の角の席で、背広を着たバーコード頭の男が立ち上がった。 そして先ほどのかわいい女の子の店員さんが「お待たせいたしました。あちらの奥の席どうぞ」と笑顔で案内してくれた。だが私はまだ幸福な気分にはなれないでいた。私はこう思っていたのだ。あれほど待ち望んでいる豚丼の大盛りまであとまだ5メートル歩かなければいけないのか、と。しかし私はその瞬間、同時にあることにも気が付いていた。これはきっと最後の試練なのだ、と。 これさえ乗り切ることができれば、私は自分の命をかけてまで捜し求めていた幸せを手にすることができる。そして、最後の最後に私は私がなりたいと思っていた男に成長し、ついでにこのかわいい店員さんのメールアドレスもちゃっかり貰ってしまうのだ。私は自分にそういい聞かせながら、席に着いた。

「つゆだくだくでお願いします」、最後の力を振り絞って私はそうゆっくりと言った。「つゆだくだくですね」とこのかわいい店員さんは確認してくれた。本当は「きみ抱く抱く」の方がいい、と私は言おうと思ったが、やめた。セクハラで訴えられても困るので。そしてつい、彼女の膨らんでいる胸に付いている名前のバッジに目がいってしまった時、私はまたしても自分の目を疑わずにはいられなかった。彼女の名前は「シフトリーダー ちん」とあるではないか。「う、うおおおお!」私は心の中で叫んでいた。もうそんな力もなかったというのに、だ。か、考えてみてほしい。たとえ彼女が中国から命をかけて日本に違法で入国し、仕事がなく、 もうファッションヘルスで強制的に働かされてしまうというピンチだった所を、なんとか松屋の店長に救われ、ここで働くことになったとしても、別に中国語の本名でバッジを作る必要がどこにあるのだろう? ぷぷぷ、と心の中で笑わずにはいられなかった客は今日どれだけいただろうか。そして「ちんさん、お冷下さい」と言うのをためらった客は今日どれだけいだだろうか。こんな悲劇的なことは許されるべきではない、と思うのは私だけではないはずだ。

しかし、もうそんなことを心配している余裕は私にはない。お金のないニートにとっては、いかに払ったお金で元をとるかが生死を分けることになる。420 円の豚丼の大盛りを頼んだのならばつゆだくだくにしてもらうのは当然で、本当の勝負はこれからだ。豚丼の大盛りとお味噌汁が来ると、私はまず、紅しょうがに手を伸ばして、できるだけ多く掴み、汁を切って、豚丼の上にかける。そして焼肉のたれとカルビソースも両手に取り、ちょんちょんと少し高めの所からかけていく。そしてようやくに箸に手を伸ばし食べ始めるのだ。


そしてここで一番気を付けなければいけないこと(これはよく素人が犯す過ちなのだが)は、たとえどんなに空腹でも、ゆっくり食べるということである。 せめて20回は噛んでから飲みこまなければいけない。お味噌汁も同様に20回噛んでから飲む。そうしなければこの至福の時間が半減されてしまうことになり、次の至福の時間までの時間が増え、苦しみも増える。もし、半分食べた所で満腹感を感じることができれば、勝負に勝った様なものだ。あとの残りは「あー、もう満腹。でももったいないから食べよう。死ぬほど幸せ」とこの至福の時間を十分に満喫できる。お冷もできればおかわりをしたほうがいい。その理由は私がわざわざ書いて説明する必要もないと思う。そしてお手洗いもちゃっかりと使わせてもらおう。小でも、大でも、手を洗うだけでも。ただ自分の顔と髪をチェックするだけでも。こうしてたった420円のサービスだったにもかかわらず、1000円以上のサービスを受けることができたと心から確信できた時、やっと私は立ち上がることができる。 そして私は何枚かナプキンをポケットに失敬し、大きな声で「ご馳走様!」と店員に伝え、店を後にするのだ。

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第1話 ミニスカート」

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「第1話 ミニスカート」

朝、私は服を着替えて外に出た。だが私は会社に向かっていたのではない。私は家のすぐ目の前にある公園に向かっていた。それは一本松公園という。文字通り大きな松の木が一本中央に立っているだけの小さな公園で、そこには子供たちが遊べる様なブランコや砂場などは一切ない。さみしい、と言えばさみしいのかもしれないが、静かでとても落ち着くことができるので、私が気に入っている場所の一つになっている。私は公園の中に入ると、いつもの様に松の木の下にあるベンチに腰掛ける。そして私は人生について考え始めた。


が、その時である。信じられないことが起きたのである。あ、ありえないぜ、と私は心の中でつぶやいていた。私の目の前を、ミニスカートの女子高生二人組みが通り過ぎたのだ。いや、超ミニスカートと言ったほうがいいかもしれない。せめて私にはそう見えた。しかも二人ともかわいいではないか。これは夢なのだろうか。毎朝この様にラッキーであってくれればいいのに、と思う。


しかし私はすぐにこの思いがけない喜びを自粛することにした。そしてただ地面を見つめて、彼女たちが過ぎ去っていくのを待った。私は知っていたのだ。たとえどんなにずっと「きれいな足だな、ぐへへ」と彼女らの足をじろじろと眺めていたかったとしても、また私にはその権利があったとしても、それは変質者以外なにものでもないということを。私は25歳の無職なのである。私は「少しはイケメンだ」と自分自身を評価しているが、そんなこと全く関係がないことも知っている。わいせつ罪で警察に捕まってしまうかもしれない。そんな恐ろしいこと私にはできるはずがない。


そしてその時、私はある言葉を思い出したのだった。「生きていること。今生きていること。それはミニスカート」という言葉だ。これは私が尊敬して止まない、日本最高の詩人の一人・谷川俊太郎先生を代表する作品「生きる」の中の一文である。もしこの詩を読んだことがなければ、今すぐにグーグルのホームページを開いて、「生きる 谷川俊太郎」と検索することをお薦めする。三秒もかかることなくこの詩に辿り着くことができるはずである。


私は初めてこの詩を読んだ時(私が確かまだ大学生だった20歳頃だったと思うが)人生に絶望しきってしまい一ヶ月ほど寝込んでしまったのを覚えている。もう私の世界は終わったのだ、と本気で思った。それほどショックを受けたのである。それはつまりこういうことだった。私はきっと誰でもミニスカートは大好きだけれど、パンティーのほうがもっといいと思っているに違いない、と信じていた。そしてきっと誰でもミニスカートやパンティーもいいが、ノーパンだったらもっといいのに、と鼻息を荒くしながら思っているに違いない、と信じていたのだ。なのに、なのに、である。


私は涙と鼻水をたらしながら、夕日に向かって走り、こう叫ばずにはいられなかった。谷川先生、あなたはたったミニスカートだけで幸せになれるのですか、と。ああ、谷川先生!あなたは、本当は、私たちと同じ様にミニスカートの喜びしか知らない悲しき童貞の代弁者だったのですか、と。


私はこう思っている。たった一度の人生なのだから、もっと欲を出して、大きな夢を追いかけてもいいはずだ、と。誰になんと言われようが関係ない。関係ないのだ。おっぱいと同じ様に、夢も大きければ大きいほどいいはずだ。いや、大きくなければいけないのだ。おっぱいも。そして私たちの夢も。これは義務である。ミニスカートだけで満足することなんて私にはできやしない。


しかし、私がこの詩に絶望した理由はそれだけではなかった。まるでいつの日にかテレビで見た巨大な隕石が地球に衝突するシーンの様に、私の心と精神を徹底的に揺さぶり、コナゴナに破壊したもう一つのある衝撃的なことがあったのである。


それは、谷川先生は、「生きているということは働くことだ」と決して言わなかった、ということである。こんなことが現在の日本社会で許されていいのだろうか、と私は自分自身に問い続けた。夜眠ることさえもできなくなっていた。私は生きるということ、それは働くことだと信じていた。何かを作ったり、サービスをしたりして人様に貢献する、それが生きることだと信じて、そのことを一度も疑ったことはなかった。 父にも、そして母にも働くことの尊さを幼稚園、いや保育園に入園した時から教えられて、今までずっとまじめに生産的に生きてきたのだ。


しかし谷川先生は私の人生、いや私だけなくほとんどの人の人生を否定するかの様にこう語るのである。諸君、愛する女性と手をつなぎながら、プラネタリウムや、美術館でデートをするのは楽しいぞ、と。朝は犬と一緒にブランコのある公園を散歩して、カタツムリを観察したらどうたろう。そして昼間は家でゴロゴロして、テレビで戦争のドキュメンタリーでも見ようではないか。それが生きるということなのだよ。そしてそれが詩人として生きるということ、いのちということなのだよ、うらやましいだろう、ははははは。


私はこの詩との運命の出会いを呪った。もう私は今までの私でいることができないであろうと嘆き悲しんだ。そして私は夕日に向かって、果てしなく流れ続ける涙と鼻水はそのままに、いつまでもいつまでもこう叫び続けていたのだった。この私の燃える様な思いがきっといつか彼に届くと信じながら。谷川先生、あなたも今の私と同じ様に、本当はただのニートだったのですか、と。ああ、谷川先生!あなたが語ることのない「働く喜び」なんていうのは、本当は働く人たちが自分達を自己正当化するための、ただの妄想に過ぎなかったのですか、と。

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第7話 オリのクマさん」

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「第7話 オリのクマさん」

私はたまに(と言っても毎日だが)、「う、うおおおお!」と大声で叫びながらどこかへ逃げ出してしまいたい、と思うことがある。だが叫び声は私が小学生の時から愛読して止まない「ジョジョの奇妙な冒険」の中に出てくる様な忘れようとも忘れられない擬音的セリフでもかまわないと思うし、また実際その方がより切羽詰った印象を与える事ができるのでいいのかもしれない。「ウリリィィィ!」なんて生々しくていいと思うが、どうだろうか。「オラオラオラオラオラ」でもいいと思うが、そのセリフは誰もが知っているので少し恥ずかしいかな、とも思う。道端で小学生にバカにされてしまうかもしれない。それならば「ズキューン・・・」はどうだろうか。きっとこれが一番いいだろう。


そして私はこうとも思う。今までの人生で起こったイヤなこと全てをまとめてゴミ袋に詰め込み、燃えるゴミとして捨てることができたらどんなにいいだろう、と。今までの人生で起こった別にイヤなことではないが、特に素晴らしくもなかったという思い出も全て、粗大ゴミとして捨ててしまうのだ。そして、わずかに残った、いい思い出だけをリュックに詰めて、新しい街で人生をやり直すための旅に出る。この現実から逃避したい、と切実に思う。もうこんな毎日はごめんだ。だが実際は、そう思うだけで行動には移せない。今日は燃えないゴミの日ではないというのが、その理由ではない。また、貯金がすでに微々たるもので例え逃げ出すことに成功したとしても、カプセルホテルでたったの1週間しかもたないだろう、というのも(それは事実だが)その理由ではない。やろうと思えばなんだってできるのだ。本当にそう願っているなら。ならばどうしてできないのか。理由は簡単である。私にはそんな勇気はないから、だ。私にはそんな恐ろしいことはできないのだ。それはまるで私の高校時代(童貞時代と言ったほうがいいかもしれないが)の時の心境と同じなのだろうと思う。つまり、たとえどんなにある女性のことを深く愛し、また愛されたいと思っていたとしても(つまりこれはあるウブな文学少年がその女性とエッチしたいということを婉曲に言っているだけのことであるが)、自分にはそんなことができる訳がない、また逆にそうなってしまったら幸せすぎて死んでしまうのではないかと心配でしょうがない、などといった無数の考えが心の中で同居して、そして対立し、もう何を考えていいのか分からず、ただこんな切ない恋愛をしている自分はなんて哀れなのだろうかと勝手に陶酔している時の心境と同じなのだ。よく分からないかもしれないが。そして今日も、私は朝から一本松公園のベンチにずっと座っていた。遠くまで風に乗って走っていく雲たちを目で追いかけながら。小学校では「世界はこんなに広いのか!」と世界地図を見ながら私は学んだ。だが、今私が存在している世界はこの小さな公園だけだった。そして私はここから出ることができない。どんなに出たいと思っていても。そしてただ時間だけが過ぎていくだけ・・・


「オリのクマさん」の話を聞いたことがあるだろうか。「森のクマさん」ではない。「オリのクマさん」である。話は似ているのだが、全くの別物である。どこの国の話だったがもう忘れてしまったが、ある時、若くてかわいい女の子が森の中をたった一人で遊んでいた。「どうして君は一人で遊んでいたんだ!俺に電話してくれたら一緒に遊んでいたのに」と私は思わずにはいられないが、そういうことを思うのは私だけではないはずだ。もしかしたら、彼女は少し知恵遅れだったのかもしれない。そして、彼女は不運にも森のクマさんに遭遇してしまう。私なら寝たふり、もしくは死んだふりをしたと思うのだが、彼女はやはり頭が少し悪かったのだろう。彼女は走って逃げ出した。森のクマさんは彼女を追いかける。しかし森のクマさんのは足がとても速いので、彼女はすぐ追つかれてしまう。「ああ、絶体絶命・・・」と彼女は死を覚悟するが、なんとその時、森のクマさんは彼女が落としたイヤリングを彼女に見せながら、こう言うのである。「ほらほら。あなたのイヤリングだよ。よく見てみな。へへへ・・・」死ぬ、と覚悟した瞬間に、自分が気付かない間に落としていたイヤリングを見せられる心境を想像してみてほしい。彼女は本当に発狂してしまった。そして彼女は一生死ぬまで「ラララー」とその事件について歌い狂い続けたのだそうだ。無理はないことだと私は思うが、なんて可愛そうなのだろうと私は同情する・・・そして彼女の家族や友人は森のクマさんをどうしても許すことができなかった。死ぬよりも苦しい思いをさせてやる、と森のクマさんを捕らえて、オリに閉じ込めた。「ただイヤリングを拾って返してあげただけなのに・・・」と彼は涙を流しながら自分の無実を叫ぶのだが、この世は無情なものである。彼はそのオリの中で何年も過ごした。しかし本当の悲劇はそれからだった。オリに閉じ込められてから5年程過ぎたある日のこと、ある動物愛護団体がその村を訪れて、森のクマさんをオリから解放してあげることにした。「もう苦しまなくていい。今、お前は自由になった」とオリの扉は開けられたのだが、彼はどうしても出てくることができない。どうしても出てくることができないのだ。「お化粧が・・・」「もう一度着替えるから待って・・・」などと言っているのではない。それはもっと深刻な問題だった。彼はオリから出て、もう一度外の世界で生活していくことを恐れていたのだ。「また私の人生を台無しにする頭の悪い女の子と出会うかもしれない・・・」と彼は思っていた。オリの中は自由がなかったが、どこよりも安全だった。オリの中に入れられることは理不尽なことだったが、オリの中ではそれ以上理不尽なことは決して起こらなかったのである。扉はずっと開いていた。しかし森のクマさんはずっとそこから出ることはなかった。そしてそのまま彼は飢え死にしてしまったのである・・・


働いている人も働いていない人も、ほとんどの人はこの「オリのクマさん」の様に生きていると私は思っているが、誰もそのことを認めようとはしない。誰も「実は自分も引きこもりだ」と思いたいとは思わない。その気持ちは、私にはよく理解できる。なぜなら私もその一人なのだから。毎朝フラフラして、どこにも行くことができない私は公園のクマさんである。たとえどんなに私はこの公園から出たい、と思っていたとしても、心の一番深い所で何かが私の邪魔をするのだ・・・「人間は25歳になったら誰もが死ぬ。そして残りの人生を自分のお墓を立てるために過ごすのだ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。誰がこの言葉を言ったのか私は知らないが、その通りだと思っている。25歳頃になると大抵の人は人生を冒険することを諦めてしまう。恐怖によってオリの中から出ることができなくなってしまうのだ。たとえ勇気を持って一歩踏み出すことができても、わざと自分からオリに戻ってきてしまう。そして死ぬまでそのオリの中で過ごす。誰もが傷つくことを恐れ、安全に生きようとする。自分の世界で生きていれば、絶対に傷つくことはない。自分を完璧に守りきることができる。しかしそうすれば一生夢を叶えることなどできはしないし、自分の本当の可能性を知ることもない。私たちは何も新しいことを学ぶことはないだろう。そして、私たちはそのまま死んでいくだけ。本当は、どんな時でも、この素晴らしい世界は両手を広げて私たちを待っているのに・・・

投稿原稿「毎朝、私は会社じゃなくて公園に行って考える 第8話 ひまわり」

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「第8話 ひまわり」

今朝も私は一本松公園にいた。そしていつもの様にただ一人、ベンチに座っていた。これを無力、というのだろう。私はどうしようもなく感じていた。もしこの地球上の重力がもう少しでも強かったなら、私は空気に押し潰されているに違いない、と思った。このまま死んだら私はなんという親不孝ものだろう。だが、私はどうすることもできなかった。この公園以外には、どこへにも行くことはできないのだ。通勤のサラリーマンたちの姿はもう見えなくなっていた。そして通学していた学生たちの姿も。私は社会から置き去りにされてしまったように思えた。それはまるで、私が高校生の時、学校に行くためのバスに乗ろうとしたが、満員で乗ることができず、置き去りにされ、学校に遅刻して怒られる位なら休んでしまえこのヤロー!とムキになって、実際にそれを実行した時の心境に似ていた。家には帰るわけにはいかない。ゲームセンターで遊んでいるわけにも行かない。私はただ公園でひとり寝転んで、本を読んでいた。そしてただ学校が終わりなる時間をひたすら待っていた。そんな気持ちだった。


私が座っているベンチの目の前にはひまわりが咲いていた。本当にきれいである。しかし、もうひまわりが咲く夏は去ったはずだった。うるさいセミや夏休みの小学生達と一緒に。どうしてそのひまわりは元気に咲いているのだろう。私は不思議に思った。これは温暖化のせいなのかもしれない。何らかの理由で、このひまわりは世界に置き去りにされてしまったのだ。私と同じ様に。どうして私たちはこんなにも苦しいのだろうと思う。どうして私たちは周りの人たちと同じ様に生きていくことができないのだろうか。「お前だけが俺の理解者だ、ヨーコ」と私は恋愛感情が芽生えてしまったそのひまわりに、勝手にそう命名した。なぜヨーコなのか。太陽の「ヨー」からヨーコにしたのだが、理由はそれだけではない。それは、初恋をするということは、一体どの様に激しく思春期の男の心と体を病ませるかということを私に教えてくれた女の子がヨーコだったからである。高校の時、私が大好きだった彼女のことは一生忘れないと思う。そして私は今でも時々考える。今彼女は何をしているだろうか、と。結婚して子供がいるのだろうか。あれほど美しかったのだから、結婚していなくても彼氏はいるに違いない。それともキャリアウーマンとしてどこかの会社でバリバリ働いて、男と付き合う暇もなく生活しているのだろうか。家に帰ったらグーグルで検索してみようか。有名人になっているかも。だがそれはストーカー行為では・・・と、私はそんなことを考えながら、目の前にいるヨーコの生まれ変わりをずっとずっと見つめていた・・・


ヨーコは風に揺れていた。いや、そうではない。そうではなかった。彼女は踊っていたのだ。私に向かって。私は思い出していた。あの時、体育館で踊っていた、ブルマ姿のヨーコを。そして彼女は私にいったのだ。「一緒に踊ろうよ!」今でもそんな彼女の姿を想像しただけで鼻血がでそうな私は、学生時代、ずっとタバコもお酒もやる必要がなかった。これは幸せなことだったと思う。そんなことをわざわざしなくても私は簡単に天国に行くことができたのだ。しかしその代わり不幸にもそれ以上の経験はできなかったが。私はベンチから立ち上がり、いっしょにヨーコと踊ることにした。そう、あの時の様に。腰を振って。頭も。体の全てをまるで水の流れに身をまかせる様に。人生で始めて大好きになったこの女の子と一緒に踊る喜びを体全体で感じながら。だが、邪魔が入った。「ワンワン!」と近くを散歩している犬が私に向かって吼えだしたのだ。「ワン公!どっか行ってくれ」と私は心で叫んでいたが、ムダだった。そして「あんなのと関わっちゃだめよ」と言うかの様に、その犬と散歩していた40歳ぐらいの主婦は首輪のヒモを強く引っ張ったのだが、逆効果だった。犬の鳴き声がさらに大きくなる。「ワンワンワン!」ゆ、許してくれ。もういいだろう。もう十分だ。俺は踊り続けた。ひたすら無視して。その飼い主は「危ない・・・危ないわ・・・」と困惑した表情を見せていたが、そんなことはどうでもよかった。俺は犬やおばちゃんと遊んでいる暇はないのだ。俺にはもうヨーコのあの甘い声しか聞こえない。「ワンワンワンワンワン!」もう俺は俺の世界の中にいた。ああ、一人称が「私」から「俺」にいつの間にか変わっていたとしても、俺には気が付くことができないでいた。愛とはなんという興奮なのだろう。だから誰もが愛について語ることを止めないのか・・・この世界からはもう抜け出すことなんて、俺には出来きはしないだろう。俺の世界はヨーコが全てだった。そして俺はいつまでも彼女と一緒に踊り続けていたのだった・・・


と、言っても踊り続けていたのは約30分ほどだったと思う。現実なんてこんなものだ。メシもろくに食べていない私にはそれが限界だったのだ。そして、私はベンチに座り直し、ある重大なことに気が付いていた。それは、私はあの頃から全く成長してはいなかった、ということだ。私は25歳になっても、ペッペコ、ペッペコ、あらヨイショと、と街のお祭りの様にしか踊ることはできなかったのだ。「だ、ださすぎるぜ・・・」と私は自分に失望した。公園でこんな踊りをするのはキチガイ以外の何者ではない、と誰もが思うに違いない。(普通に踊ったとしても、誰もがそう思うであろうが)きっと犬が私に警戒したのは、無理のないことだったとも理解できる。私は家の近くの精神病院を検索しておく必要があるかもしれないと思った。だが私はすぐこう思い直した。「愛は人を狂わす」ということもまた真実である、と。狂うことがなければそれを愛とは言えない、というのが私の意見である。


そして、私はあるもう一つの答えを見つけていた。それは、どうしてあの頃、彼女と付き合えなかったのか、とずっともう10年ほど悩み続けてきた問いの答えだった。誰の人生でもきっと一つや二つはどうしても分からないという難問に直面するものである。私はそんな人生の中でずっと出口が見えず、ずっと見えないままだろうと思っていた問題をついに解決することができたと思った。それはこういった答えだった。彼女はあの、すでに伝説と化している映画「サタデー・ナイト・フィーヴァー」のジョン・トラボルタの様なダンスを私に期待していたが、あっさりとそんな期待は裏切られてしまい、私に失望してしまった、ということだった。ダンスのうまい人が彼女の彼氏になれなければいけない、ときっと前世で決まっていたのだと思う。私はジョン・トラボルタになんかなれなかった。どうしても。だが彼女にはそういった男が必要だったのだ。そしてバスで私を置いて、遠く、私の知らない世界に去ってしまった。だが、私は彼女を恨んでいるのではない。その逆である。本当に悪いことをした、と思う。本当にごめん、ごめん、と私は叫ばずにはいられない。私はこうヨーコに伝えたい。私は心からお前を愛していた、と。そしてきっと今でもそれは同じで、これからも一生変わらないだろう、と。しかし、私は自分自身にしかなれなかったし、今でもそれは変わらないのだ。どんなに髪をジェルで固めても。どんなに高価なスーツを着たとしても。私はどうしてもジョン・トラボルタの様には踊ることができない。そしてまったく同じ様に、あれから10年ほどたった今も、私はこうしてニートをやっているが、ニートをやることしかできない。どうしてなのか、理由は自分にも分からないのだが。日本中の人、いや世界中の人たちもきっと同じで、私たちはどんなにがんばっても、どんなにあがいたとしても、最終的には自分自身にしかなれない。どんなに大声で叫んで、暴れ狂ったとしても。どんなに置き去りにされて、孤独に苦しんだとしても。私たちは誰でも、できないものはどうしてもできないのだ。そして、私たちができることはただ、自分に与えられた役割を、自分なりに精一杯全うしようと、生きていくだけ。愛されても。愛されてなくても。ジョン・トラボルタでも。田中ぷーのすけでも。そして、一歩ずつ、それぞれのペースでゆっくりと進んでいく。たとえ今日の様な秋の日が来て、たった一人だったとしても、ヨーコの様に、太陽の光に向かって、高く高く背伸びしながら・・・

投稿原稿「無題」

「無題」
作:アカシア

以前この番組を聴いていました。
何度か聞いた後に、一人暮らしを始めた。
何かの予定があったわけではなく、このまま情けない奴と言われて死ぬのでは嫌だなと。
家にいるよりも将来があるから、それを始めた。

ふらふらと色んな事にチャレンジしたけれど、丸ごとダメだった。
ネガティブな過去を吹き飛ばそうと、空回りして余計に追い込まれた。
才能が無かった。言葉が紡げなかった。気負ってしまい、色々やらかして信頼関係が築けなかった。
切れ切れのすれ違う会話に、急激に強く襲ってくる不安感。

やっぱり情けない奴だった。

そんなこんなで、また元に近くなった。
自分からそれを求めたのかもしれないし、相手からそれを望まれたのかもしれない。


人が一人一人違う事は大事だ。
だが、人が協調する事も大事だ。

どちらも大事。でも私には協調がなかった。


今、反省して意図的に人脈を作ろうとしている。
今まで大嫌いだったビジネス的な手法だ。

作り笑顔をして、使いたくない社交辞令を使い、人脈を築こうとしている。
実は、そういうクリエイティブな、最近の大学生がやたら意識している目的型のドライな多量の人との関わり方の方が、
普通に無目的にディープに少数と付き合うよりも、楽で簡単かもしれないと感じ始めている。


最近また新しく一人の子と仲良くなった。微妙に自分から声をかけたような気もする。
こんな事、今まででは出来なかった事。価値観は合う。会話も盛り上がった。
でも相手の素性が分からない。不安だ。でも話してみたい。
また失敗であっても良い。多分そうなるだろう。
でも失敗した数々の会話の経験が、今、生かされつつあると思いたい。

私よりも若い人には伝えたい。


学歴を身に着け、社交辞令を身に着け、その上で、社会的地位があった上で、
やっと初めて可能になるのが、一人一人違っていて良いという個性というもので、。
仕事や勉強ができて、初めて人は人として評価される。

それは、私が日本社会のどこへいってもそうだったから。


勉強をするのも、学校へ行く事も、努力をすることも、先生に褒められるのも、
良い大学に入るのも決して悪い事ではない。

生きるために必要な事だよ。
自由で個性的な自分の人生を守るために必要なもの。


でも、もしあなたの行っている学校が悪い学校だったら、あるいは悪い仕事場だったら、別の場所に行きましょう。
悪い学校にずっといたとしても、誰もあなたの失敗したトラウマのある人生の責任を取ってくれない。
みんな口先では何でも言うが、最後には無責任になるから。

周りの人間に惑わされず、自分の人生を楽しむために自分の意思で一歩踏み出してください。
少し位、他人に迷惑かけても、嫌われても、次がある。むしろ仕事なんかは、頼るくらいの人の方がいい


今日から、明日からでも、学校へ、仕事へ、好きな事へ、絵を描くこと、犬と一緒に散歩へ、部屋の中で運動する事、なんでも頑張りましょう。
倒れない程度に。

私も明日から生き残るためにまた頑張ります。

頑張って続けていれば、必ず環境も変わります。
今は、他人はおもっているより優しいと感じています。

あなたにとって良い場所を探して、時には戦いながら、歩いてください。

2009年09月25日

第7回 ワホリのオールニートニッポン

夢にときめけ!

第7回 ワホリのオールニートニッポン 

ポッドキャスト&オンデマンド版

今回のテーマは『福祉ニートワーク』です。

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【収録日】

2009年9月25日


【出演者】

【P】 ワホリ(元自宅警備員)、YUNNA(㈱ブレイブクール代表)【A】ハギー
【R】夏目涼介
【G】飯島さん


【放送内容】

 第1部
 パーソナリティが始めた障害を持っている子どもを預かる仕事の話を中心に
 福祉関係の仕事内容や向き不向きについて話します。

 第2部
 アシスタントが行っている老人介護の仕事の話から介護職の仕事内容や難しさ、
 人と関わったことでの発見について語ります。

 第3部「脱・挙動不審講座」
 なぜ人は挙動不審になるのか?をテーマに人と会話するときに
 オドオドしてしまう例と落ち着くための考え方について。

 第4部
 リスナーからのメール紹介。第6回放送を聴いて
 生活保護について考えたことについて、を元に出演者が語り合います。




ワホリのオールニートニッポン第7回(1)

ワホリのオールニートニッポン第7回(2)

ワホリのオールニートニッポン第7回(3)

ワホリのオールニートニッポン第7回(4)





オールニートニッポンの次回放送は10月9日『絶望男・白井勝美のキングオブニート』です。
お楽しみに!

番組への質問・相談を受け付けております。ラジオネームを添えて、コチラまでmail.gif

2009年09月28日

第13回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

第13回 月乃光司のハート宅配便~あなたの心に届く33%の生きる力~

ポッドキャスト&オンデマンド版<毎週月曜日更新>

※「月乃光司のハート宅配便」は、全国各地のコミュニティFMでも放送中のため、インターネット上でのストリーミング配信は行っておりません。予めご了承ください。

ハート宅配便

【番組紹介】
誰もが持っているちょっとした「生きづらさ」。そんな「生きづらさ」に効く「生きるコツ」を、様々な人生体験を乗り越えてきた女性サバイバーをお迎えしお聞きします。この番組を聞けば、100%とはいかなくても、33%でも生きることが楽になる、そんな力をリスナーのあなたにお届けします。全国各地のコミュニティFMでも放送中!

【放送内容】
対談ゲスト:上川あやさん(4)

【出演者】
月乃光司(こわれ者の祭典)、藤井奈央

【制作】
VOICE VISION(新潟市)

番組へのお便りお待ちしています!番組公式サイトからどうぞ!


2009年09月30日

◇2010年2月の番組表

※生放送は毎週金曜日19時30分~21時です。
 
2月5日(金)
放送なし


2月12日(金)19時30分~21時00分
放送なし


2月19日(金)19時30分~21時00分
放送なし


2月26日(金)19時30分~21時00分
放送なし

About 2009年09月

2009年09月にブログ「オールニートニッポン allneetnippon」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2009年08月です。

次のアーカイブは2009年10月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

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