「今だから、石川啄木(2)」
作:ニート歌人
今回は「一握の砂」に引き続き「悲しき玩具」から短歌を紹介したいと思います。啄木は1912年4月13日、肺結核により26歳の若さでこの世を去りました。「生きづらさ」を抱えて生活をしてきた石川啄木、最期の歌集です。
「悲しき玩具」より
途中にてふと気が変り、
つとめ先を休みて、今日も、
河岸(かし)をさまよへり。
家(いへ)を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――
いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ湧(わ)き来(き)ぬ、
深夜の町町(まちまち)。
何(なん)となく、
今朝(けさ)は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪(つめ)を切る。
途中にて乗換(のりかへ)の電車なくなりしに、
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。
どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり恐(おそ)るる。
手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき寝覚(ねざめ)!
かなしき寝覚!
誰(たれ)か我を
思ふ存分(ぞんぶん)叱(しか)りつくる人あれと思ふ。
何(なん)の心ぞ。
新しき明日(あす)の来(きた)るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘(うそ)はなけれど――
考へれば、
ほんとに欲(ほ)しと思ふこと有るやうで無し。
煙管(きせる)をみがく。
朝寝して新聞読む間(ま)なかりしを
負債(ふさい)のごとく
今日も感ずる。
よごれたる手をみる――
ちゃうど
この頃の自分の心に対(むか)ふがごとし。
よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。
世におこなひがたき事のみ考へる
われの頭よ!
今年もしかるか。
人がみな
同じ方角(はうがく)に向いて行(ゆ)く。
それを横より見てゐる心。
何(なん)となく明日はよき事あるごとく
思ふ心を
叱(しか)りて眠る。
いつしかに正月も過ぎて、
わが生活(くらし)が
またもとの道にはまり来(きた)れり。
神様と議論して泣きし――
あの夢よ!
四日(か)ばかりも前の朝なりし。
家(いへ)にかへる時間となるを、
ただ一つの待つことにして、
今日も働けり。
いろいろの人の思はく
はかりかねて、
今日もおとなしく暮らしたるかな。
おれが若(も)しこの新聞の主筆(しゆひつ)ならば、
やらむ――と思ひし
いろいろの事!
百姓の多くは酒をやめしといふ。
もっと困(こま)らば、
何をやめるらむ。
目さまして直(す)ぐの心よ!
年よりの家出の記事にも
涙出(い)でたり。
人とともに事をはかるに
適(てき)せざる、
わが性格を思ふ寝覚(ねざめ)かな。
何(なに)となく、
案外(あんがい)に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。
自分よりも年若き人に、
半日も気焔(きえん)を吐(は)きて、
つかれし心!
珍(めづ)らしく、今日は、
議会を罵(ののし)りつつ涙出(い)でたり。
うれしと思ふ。
あやまちて茶碗をこはし、
物をこはす気持のよさを、
今朝(けさ)も思へる。
何故(なぜ)かうかとなさけなくなり、
弱い心を何度も叱(しか)り、
金かりに行く。
古新聞!
おやここにおれの歌の事を賞(ほ)めて書いてあり、
二三行(ぎやう)なれど。
眠られぬ癖(くせ)のかなしさよ!
すこしでも
眠気(ねむけ)がさせば、うろたへて寝る。
この四五年、
空を仰(あふ)ぐといふことが一度もなかりき。
かうもなるものか?
どうかかうか、今月も無事(ぶじ)に暮らしたりと、
外(ほか)に欲もなき
晦日(みそか)の晩かな。
あの頃はよく嘘(うそ)を言ひき。
平気にてよく嘘を言ひき。
汗が出(い)づるかな。
『石川はふびんな奴(やつ)だ。』
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。
ドア推(お)してひと足(あし)出(で)れば、
病人の目にはてもなき
長廊下(らうか)かな。
重い荷を下(おろ)したやうな、
気持なりき、
この寝台(ねだい)の上に来(き)ていねしとき。
そんならば生命(いのち)が欲しくないのかと、
医者に言はれて、
だまりし心!
真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
蒲団(ふとん)をかぶれる。
話しかけて返事のなきに
よく見れば、
泣いてゐたりき、隣の患者(くわんじや)。
病室の窓にもたれて、
久しぶりに巡査を見たりと、
よろこべるかな。
晴れし日のかなしみの一つ!
病室の窓にもたれて
煙草(たばこ)を味(あじは)ふ。
夜おそく何処(どこ)やらの室(へや)の騒がしきは
人や死にたらむと、
息をひそむる。
何(なに)となく自分をえらい人のやうに
思ひてゐたりき。
子供なりしかな。
目さませば、からだ痛くて
動かれず。
泣きたくなりて、夜明くるを待つ。
びっしょりと寝汗(ねあせ)出(で)てゐる
あけがたの
まだ覚(さ)めやらぬ重きかなしみ。
ぼんやりとした悲しみが、
夜(よ)となれば、
寝台(ねだい)の上にそっと来て乗る。
病院の窓によりつつ、
いろいろの人の
元気に歩くを眺(なが)む。
もうお前(まへ)の心底(しんてい)をよく見届(みとど)けたと、
夢に母来て
泣いてゆきしかな。
もう嘘(うそ)をいはじと思ひき――
それは今朝(けさ)――
今また一つ嘘をいへるかな。
何となく、
自分を嘘のかたまりの如(ごと)く思ひて、
目をばつぶれる。
今までのことを
みな嘘にしてみれど、
心すこしも慰(なぐさ)まざりき。
病(や)みてあれば心も弱るらむ!
さまざまの
泣きたきことが胸にあつまる。
寝つつ読む本の重さに
つかれたる
手を休めては、物を思へり。
胸いたみ、
春の霙(みぞれ)の降る日なり。
薬に噎(む)せて、伏(ふ)して眼をとづ。
ふるさとを出(い)でて五年(いつとせ)、
病(やまひ)をえて、
かの閑古鳥を夢にきけるかな。
堅(かた)く握(にぎ)るだけの力も無くなりし
やせし我が手の
いとほしさかな。
わが病(やまひ)の
その因(よ)るところ深く且(か)つ遠きを思ふ。
目をとぢて思ふ。
かなしくも、
病(やまひ)いゆるを願はざる心我に在(あ)り。
何(なん)の心ぞ。
友も妻もかなしと思ふらし――
病(や)みても猶(なほ)、
革命のこと口に絶(た)たねば。
やや遠きものに思ひし
テロリストの悲しき心も――
近づく日のあり。
かかる目に
すでに幾度(いくたび)会へることぞ!
成(な)るがままに成れと今は思ふなり。
月に三十円もあれば、田舎(ゐなか)にては、
楽に暮せると――
ひょっと思へる。
今日もまた胸に痛みあり。
死ぬならば、
ふるさとに行(ゆ)きて死なむと思ふ。
病(や)みて四月(しぐわつ)――
そのときどきに変りたる
くすりの味もなつかしきかな。
病みて四月(ぐわつ)――
その間(ま)にも、猶(なほ)、目に見えて、
わが子の背丈(せたけ)のびしかなしみ。
すこやかに、
背丈(せたけ)のびゆく子を見つつ、
われの日毎(ひごと)にさびしきは何(な)ぞ。
いつも子を
うるさきものに思ひゐし間(あひだ)に、
その子、五歳(さい)になれり。
その親にも、
親の親にも似るなかれ――
かく汝(な)が父は思へるぞ、子よ。
「労働者」「革命」などといふ言葉を
聞きおぼえたる
五歳の子かな。
あてもなき金(かね)などを待つ思ひかな。
寝つ起きつして、
今日も暮したり。
何もかもいやになりゆく
この気持よ。
思ひ出しては煙草(たばこ)を吸ふなり。
ひさしぶりに、
ふと声を出して笑ひてみぬ――
蝿(はひ)の両手を揉(も)むが可笑(をか)しさに。
解(と)けがたき
不和(ふわ)のあひだに身を処(しょ)して、
ひとりかなしく今日も怒(いか)れり。
猫を飼(か)はば、
その猫がまた争(あらそ)ひの種となるらむ、
かなしきわが家(いへ)。
かなしきは我が父!
今日も新聞を読みあきて、
庭に小蟻(こあり)と遊べり。
ただ一人の
をとこの子なる我はかく育てり。
父母もかなしかるらむ。
やまひ癒(い)えず、
死なず、
日毎(ひごと)にこころのみ険(けは)しくなれる七八月(ななやつき)かな。
縁先(えんさき)にまくら出させて、
ひさしぶりに、
ゆふべの空にしたしめるかな。
