「今だから、石川啄木」
作:ニート歌人
蟹工船がブームになって久しいですが、自分は石川啄木の歌集「一握の砂」と「悲しき玩具」を是非、今の世の中の人に読んで見て欲しいと思っています。
教科書なんかで紹介されているような当たり障りの無い啄木の短歌では決して見えてこない、啄木の心の底の不安や怒り、ネガティブな感情は、今、不安定な社会で、不安定な心で生きている私達の心に響くと思います。
以下、啄木の歌集「一握の砂」より短歌を紹介いたします。読んでみるとわかりますが、驚くほど「死」と言う言葉が出てきます。啄木も「生きづらさ」を常に抱いて生きていた一人でした。
「一握の砂」より
大(だい)という字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来(きた)れり
何処(いづく)やらむかすかに虫のなくごとき
こころ細(ぼそ)さを
今日(けふ)もおぼゆる
いと暗き
穴(あな)に心を吸(す)はれゆくごとく思ひて
つかれて眠る
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂(しと)げて死なむと思ふ
鏡(かがみ)とり
能(あた)ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
泣き飽(あ)きし時
「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止(よ)せ止せ問答
高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
終るすべなきか
非凡(ひぼん)なる人のごとくにふるまへる
後(のち)のさびしさは
何(なに)にかたぐへむ
大(おほ)いなる彼の身体(からだ)が
憎(にく)かりき
その前にゆきて物を言ふ時
実務には役に立たざるうた人(びと)と
我を見る人に
金借りにけり
死ぬことを
持薬(ぢやく)をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば
それもよしこれもよしとてある人の
その気がるさを
欲(ほ)しくなりたり
路傍(みちばた)に犬ながながとしぬ
われも真似(まね)しぬ
うらやましさに
剽軽(へうきん)の性(さが)なりし友の死顔の
青き疲れが
いまも目にあり
気の変る人に仕(つか)へて
つくづくと
わが世がいやになりにけるかな
空寝入(そらねいり)生(なまあくび)など
なぜするや
思ふこと人にさとらせぬため
朝はやく
婚期(こんき)を過ぎし妹の
恋文(こひぶみ)めける文(ふみ)を読めりけり
死ね死ねと己(おのれ)を怒(いか)り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ
親と子と
はなればなれの心もて静かに対(むか)ふ
気まづきや何(な)ぞ
かの船の
かの航海の船客(せんかく)の一人にてありき
死にかねたるは
よく笑ふ若き男の
死にたらば
すこしはこの世さびしくもなれ
何がなしに
息(いき)きれるまで駆(か)け出(だ)してみたくなりたり
草原(くさはら)などを
常(じんじやう)のおどけならむや
ナイフ持ち死ぬまねをする
その顔その顔
こそこその話がやがて高くなり
ピストル鳴りて
人生終る
ただひとり泣かまほしさに
来て寝たる
宿屋(やどや)の夜具(やぐ)のこころよさかな
友よさは
乞食(こじき)の卑(いや)しさ厭(いと)ふなかれ
餓(う)ゑたる時は我も爾(しか)りき
一度でも我に頭を下げさせし
人みな死ねと
いのりてしこと
我に似し友の二人(ふたり)よ
一人は死に
一人は牢(らう)を出(い)でて今病(や)む
打明けて語りて
何か損(そん)をせしごとく思ひて
友とわかれぬ
どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな
はたらけど
はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢっと手を見る
何もかも行末(ゆくすゑ)の事みゆるごとき
このかなしみは
拭(ぬぐ)ひあへずも
とある日に
酒をのみたくてならぬごとく
今日(けふ)われ切(せち)に金(かね)を欲(ほ)りせり
何がなしに
頭(あたま)のなかに崖(がけ)ありて
日毎(ひごと)に土のくづるるごとし
死にたくてならぬ時あり
はばかりに人目を避(さ)けて
怖(こは)き顔する
たんたらたらたんたらたらと
雨滴(あまだれ)が
痛むあたまにひびくかなしさ
うすみどり
飲めば身体(からだ)が水のごと透(す)きとほるてふ
薬はなきか
夜明けまであそびてくらす場所が欲(ほ)し
家(いへ)をおもへば
こころ冷(つめ)たし
人といふ人のこころに
一人づつ囚人(しうじん)がゐて
うめくかなしさ
叱(しか)られて
わっと泣き出(だ)す子供心
その心にもなりてみたきかな
盗むてふことさへ悪(あ)しと思ひえぬ
心はかなし
かくれ家(が)もなし
誰(た)そ我(われ)に
ピストルにても撃(う)てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ
わがこころ
けふもひそかに泣かむとす
友みな己(おの)が道をあゆめり
そのむかし秀才(しうさい)の名の高かりし
友牢(らう)にあり
秋のかぜ吹く
何事も金金(かねかね)とわらひ
すこし経(へ)て
またも俄(には)かに不平つのり来(く)
わが抱(いだ)く思想はすべて
金(かね)なきに因(いん)するごとし
秋の風吹く
