告白
作:乾紅宇樹
こんにちは、はじめてお便りします。いまこの文章を書きながらも、読むひとたちの反応や「作品の出来」を気にして書いている自分に嫌気が差しながら書いています。こうしたものを投稿するのは、はじめてですが少し勇気を出して書くことにしました。
私は、いま36歳です。つい7日ほど前、3月いっぱいで4年半ほど非正規社員で勤めていた会社を辞めました。今は一応、会社のほうで失業保険の手続きをしたのですが、どうしても職安のほうに足が向かないという状態に陥ってしまいました。
経済的な不安…それにより現実的に迫ってくる自殺を切望する気持ち、そして失敗することへの恐怖…確実で苦しまなくてすむ死に方を探す日々…一応、明日面接がありますが
「ダメだったらどうしよう」
もう正直、仕事を探す気力が湧いてきません。今、無気力状態でいる僕は仕事をしなければ大変な事態におちいってしまうことがわかっていながらどうにもできない…苦しい。
このまま生きづらさと孤独の中を生きていかなければならないのか…いつでも確実に死ねる手段があれば楽になれるのに…。
きっかけ。僕は中2のときに不登校になりました。いま思えば、これから高校受験と向かっていくなか、皆がお互いをライバル視していく殺伐とした空気を敏感に感じとってしまっていたのでしょうか。家庭にも僕のいばしょは無く父親は説教と体罰、母は話しは聞いてくれるが何もしない、兄たちはそんな僕を疎んじているようでした。
学校で奇妙な行動をとるようになっていた僕は、そのことでいじめを受けました。そして次第に学校に行かなくなったのですが、父親にそのことがばれないように行ったふりをして、日中の時間を学校の近くのひとの目につかないところで過ごしていました。先生もこれといって対応をするわけでもなく、なしくずし的に中学を卒業しました。
高校には進学しましたが、そこでもいじめに会って結局1年もしないうちに中退していました。
その後、専門学校も中退し、仕事も就いては辞め就いては辞めしているうちに無気力になっていき、ひきこもるようになっていきました。
そのときの僕は肉体的に強くなることだけを考えていました。家庭のなかで父や兄たちに暴力で言いたいことを抑えられていた僕は、中3のころから筋力トレーニングをはじめました。二人の兄は年子でしたので体力的にそれほど大差ないのですが、ぼくは3つほど離れていたために何かというと結局、ちからで抑えつけられていました。
「強くならなければ、言いたいこともいえない。父や兄たちに自分の気持ちをぶつけられない。そうしなければ、この家庭に僕の居場所はない。」
事実、ぼくは家庭のなかで余り者なのだと思っていました。(今も…?)ぼくの家は団地で3DK、リビング・居間とこども部屋が1室ありました。でも、こども部屋は2人の兄が使い、寝るところも無かった僕は中学2年くらいまで母親と寝ていました。(夜尿症もけっこうひどかったです。)兄たち2人には自分の勉強机があるのに、ぼくには自分の勉強机も寝るところも無い…、居場所がない…。でも母親とは寝たくないぼくは足のつっかえる押入れで寝ていました。
2年後、筋力と体力をつけた僕は父や兄たちと徹底的にやり合いました。父とは殺し合いのようなケンカを何度もやりました。父を何度も殺しかけました。母は何度もぼくと父のあいだに入ってきました。そのようなことを重ねているうちに家族はぼくに腫れ物にさわるように接するようになっていきました。
「やっと自由を手に入れた。
やっと自分の居場所ができた。
やっと自分の言いたいことを、本音を家族にぶつけられるようになった。」
言いようのない爽快感と満足感、絶望と自己嫌悪をぼくは感じていた。
