投稿原稿 僕のひきこもり体験記
はじめに
ぼくは現在34歳です。もうすぐ35歳になります。17で高校を中退してからは、いくつかアルバイトはしたことはありますが、ほとんどひきこもっています。
「ひきこもり」、「ニート」、「不登校」、いろいろな言葉がありますが、人間をひとつのカテゴリにおさめるのはむずかしいと思います。
僕の場合、ひきこもりと言ってはいるけど、一日中部屋にこもっているわけではありません。外出もできますし、たまには友人とコンサートに出かけたりしています。こういうのはひきこもりとは言わないのかもしれません。ひきこもりの定義がわかりにくいので、間違っているかもしれません。もしかしたら、「ただのニートだよ」とか、「社会的ひきこもりだよ」という声が聞こえてくるかもしれませんが、どう定義したとしても、今の自分になんらかわりがないのです。ですから、便宜上この文章では「ひきこもり」で統一しようと思います。
僕の日常
過去には昼夜逆転で苦しんだことがありますが、最近ではまともな生活をおくれています。
朝8時頃起きてパンを食べます。
それから平日は、ハイパーイートレードを起動して株式市場をチェックします。デイトレードをやっていたときもありますが、あまりにも簡単に負けていくので現在は封印しています。ただ、株は買っていて、中長期投資をしています。まだはじめたばかりなので、儲けはありませんが、なんとかお金を増やしたいと思っています。
それから、競輪をチェックします。主に有望な新人を見つけて、そこから買うことが多いです。ただし金額は少ないです。楽しみ程度で、競輪で一財産つくろうなんて思っていません。あまり強すぎる新人の場合、後ろの選手が離れてしまうので、当てるのは難しいです。
父母とお昼を食べて、その後はラジオを聴きます。13時からTBSでやっている「ストリーム」という番組がお気に入りです。松本ともこさんの声が好きで、聴いているといい気分になります。14時から「コラムの花道」というコーナーがあり、毎回楽しみにしています。吉田豪、町山智広、勝谷誠彦、辛酸なめこ、阿曽山大噴火さんなどのおしゃべりはとてもおもしろいです。ポッドキャストでも聴けるので、楽しみにしています。
天気がよければ、15時頃から外出します。といっても出かける場所があるわけでもなく、自転車でただ外をぶらぶらするだけです。今でも競輪選手に憧れているので、選手になれるわけはないのですけど、トレーニングは続けています。ロードレーサーとMTBを持っています。自転車に乗るのは習慣になっていて、何日も乗らない日が続くと気分が悪くなります。
夜は、テレビを見たり、ラジオを聴いたり、パソコンをしたり、本を読んだりして、だいたい1時ころには寝ています。
だいたいこんな感じの毎日です。
あとは週一回友人と二人で野球をやります。もうはじめてから8年くらい経つでしょうか。僕がピッチャーをやり、友人がキャッチャーをやり、200~250球くらい投げ込みます。野茂や松坂のまねをして投げます。いい球が投げられたときはものすごく気持ちいいです。
それと、二週間に一回図書館に行きます。読みたい本があるときは、リクエストを出しておけば図書館が買ってくれるので大変便利です。ここ10年くらい本は買ってないのではないでしょうか。税金もろくに払っていないのに、たくさんの本を買ってもらって、申し訳ない気持ちがあります。
あと二週間に一度、精神科に通院しています。2年位前にうつ病になったのがきっかけです。現在はもうよくなったのですが、カウンセラーと話しをするのがいい気分転換になるので通院をやめずにいるのです。薬は、ルボックス、ジェイゾロフト、スルピリド、エビリファイを飲んでいます。ほかに睡眠薬で、ハルシオンとグッドミンを飲んでいます。便秘気味なのでセンノサイドという薬も出してもらいました。病院代は、1ヶ月1万円くらいかかります。すべて親に出してもらっています。けっこうな金額になってしまうので、申し訳ない気持があります。
だいたいこれの繰り返しです。
ひきこもるきっかけ
そもそも、なぜ僕がひきこもりになったのか、理由は自分でもよくわかりません。深刻ないじめがあったとか、先生や友人とトラブルを起こしたとか、そういったことはほとんどありませんでした。
ただひとつ思い当たるとすれば、自分の性格の弱さが関係しているのかな、と思います。一言で言うと「NO」が言えない性格なんです。人からいやな事をされても、我慢して作り笑顔で流してしまうことがよくありました。そして、あとになってくよくよ考え込んだりしてしまうのです。人付き合いが苦手といえるかもしれません。人見知りをするし、知らない人と関わるのはとても苦手です。
仕事をするにしても、まずは面接を受けなければなりませんから、それがおっくうで仕事ができないのかもしれません。そもそもスーツを持っていないので面接には行けないと思います。
それと大きいのは、一人でいることが比較的大丈夫というのもあるかもしれません。寂しくてしょうがないとか、孤独感に打ちひしがれるとか、そういうことはありません。
高校を中退してからも、する前も将来のことなんて考えたことはないのです。今でこそ「14歳のハローワーク」という本がありますが、当時は、自分がなにになりたいのか、何に向いているのか、まったく考えたことがなかったのです。高校卒業後の進路についても考えたことはありませんでした。今思えば不思議な気持もしますが、本当に何も考えていなかったのです。
なりたかった職業
先ほど、将来については何も考えたことがないと書きましたが、僕にも一応夢のようなものはありました。
最初になりたいと思ったのは、プロサッカー選手です。木村和司、プラティニ、マラドーナなどの影響だと思います。小学生から中学生の間はそのことで頭が一杯だったような気がします。
高校生になるとミュージシャンに憧れました。当時バンドブームで、学校でもはやっていました。僕は、ボウイ、忌野清志郎、ブルーハーツ、バクチクなどが好きでした。小さなライブハウスで演奏したこともありました。
その後20代では競輪選手に憧れました。巨額の賞金と、スポーツマンのさわやかさに憧れたのです。ロードレーサーを購入し乗り回しましたが、本気で選手になれるとは思えませんでした。
次に憧れたのはプロ野球選手です。野茂英雄や、松坂大輔が好きでした。同じひきこもりの友人とキャッチボールからはじめました。これは現在も続いています。
こう書いてみると、たくさんあるのでおどろきました。自分ではなまけの無気力人間だと思っていましたから。
これからのこと
この生活を変えなくてはいけないと思ってはいるのですが、自分の力だけではどうすることもできないような気がしています。
ジョブカフェにメールをしたり、電話で話したりしたこともあったのですが、就職には結びつきませんでした。
親が生きている限りは、世話になり続けるのかもしれません。おそらくそうなるでしょう。
では、親が死んだらどうするのか。これは恐ろしい問題です。恐ろしすぎて考えることさえも封印しています。自分で稼ぐことは無理でしょうから、ホームレスになるか、コンビニ強盗でもするかしかないでしょう。それができなければ餓死です。
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いままでの投稿原稿
2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27 「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」
2007.9.3 「憂鬱から生まれた歌人」第二話
2007.9.10 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」
2007.9.25 「氷河期世代は行動する」
2007.10.9 「詩」
2007.10.22 「元・不登校児 はじめてのアルバイト体験談」
2007.10.22 「リライトって、言わないで」
2007.10.22 「mement mori」
2008.01.12 「笑い声」
2008.01.12 「服を買いに行く時の服がない」
