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第21回 小さな世界の小さな存在
23日、25日と熊田曜子のイベントに行ってきた。去年(06年)の4月にも彼女の歌手デビューイベントに行っている。およそ1年半ぶりだった。熊田曜子は俺の“心の恋人”。手が届きそうで手の届かない相手である。久々の熊田は優しい感じがした。イベントとはいえ、実質は握手会だ。わずか数秒の握手のために、2500円のカレンダーや3500円のDVDを買い、往復1000円以上の電車賃をかける。我ながらよくやるなと思う。数秒だ。その瞬間に幸せを得る。終わったら「瞬間」の後味に浸りながらトットッとその場を去る。現実に戻る。
俺がどんなに熊田曜子を想っても決して届かない。3年前から熊田のイベントに行っている。プレゼントとしてDVDに手紙を添え、何度か手渡した。一度として返事をもらっていない。握手のときに緊張しながら震える声で話しかける。何か話題を作れば少しでも長く熊田の顔を見ていられる。彼女の視線は俺に向かう。だが、話題がない。「応援してます」。それだけで目一杯だ。他のファンはうまく話しかける。プレゼントを渡し、冗談を言い、会話を盛り立てる。俺は羨望の眼差しを彼らに向ける。「俺にはできないな」。
3年間、ずっと同じだった。気が滅入った。熊田曜子のイベントへの足が遠のいた。金がかかるのもある。行くたびに虚しくなった。それが嫌だった。近づきたくても近づけない。だからこそ熊田曜子は意味ある存在である。妄想のなかでなら「俺の恋人」だ。グラビアアイドルはファン(消費者)に妄想を売る。もしかしたら恋人に、という。需要と供給が成立する。熊田に対する想いは恋だ。大多数のファンのニーズも似たようなものだろう。現実には熊田曜子を恋人にすることは不可能だ。
今回の2回のイベントでは俺のなかに目的があった。1回目。熊田に俺の存在を覚えてもらう。2回目。俺の本の出版を知らせること。出版した本を次回のイベントで手渡すと伝えること。成功した。熊田は俺を覚えていた。「また来てくれて」と言ってもらえた。そして「来年の2月に俺の本が出ます。その頃にイベントがあったら渡します」と言えた。
本当にそうなるかはわからない。出版に関しては慎重でありたいし、どこでどうなるか。出版中止ということもあるかもしれない。だが、目的を果たせた。熊田曜子に自分の本を手渡す。夢だった。俺は夢に一歩近づいた。
実現などしなくても構わない。「できた」ことが重要なのだ。熊田曜子が俺の本に関心を持つとは思えない。俺の存在も忘れている。彼女にとってはイベントでのいちファンとの握手など「仕事」に過ぎない。大切なことは俺が「俺自身」でいることだ。
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いままでの「絶望男の逆襲」
2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
2007.9.25 第11回「欝屈」
2007.9.25 第12回「願わくば」
2007.10.9 第13回「家族と孤独」
2007.10.22 第14回「歪み」
2007.10.22 第15回「否定できないもの」
2007.11.26 第16回「精神障害」
2007.11.26 第17回「だるま」
2007.11.26 第18回「母の贖罪」
2007.11.26 第19回「因縁」
2007.11.26 第20回「悪意」
