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第20回 悪意
中学時代。1年の頃。Tは笑いのとれる奴だった。落語研究部にも在籍していた。クラスの人気者だった。俺には違った。奴は休憩時に俺に近づくと制服の下に手を入れた。脇腹をギュッとつねった。爪が食い込んだ。痛い。誰も気づかない。Tは「お前なんか死ね」と耳元で囁いた。シャツに血が付いていた。Yは背の低い奴だった。顔だけはでかく、やくざのように見えた。校舎の裏に俺を呼び出した。すると突然、俺の顔に頭突きを入れた。さらに腹を蹴った。俺はその場にうずくまった。周りには誰もいない。うずくまる俺の背中に拳を叩きつけた。「白井が嫌いだ」。Yは言った。俺は息が詰まっていた。顔が熱かった。涙と鼻水が同時に溢れ出ていた。
小学時代から中学までずいぶんとイジメに遭った。集団でのイジメもつらかったが、個人のイジメもしんどかった。誰にも言えない。言えば仕返しを受ける。言える相手などいなかったが。TもYも俺を嫌った。理由はない。「気に入らない」。それだけだ。
親父も同じだった。俺を忌み嫌った。毎日、酔っ払っては暴虐の限りを尽くした。20代の頃、俺も親父を嫌った。憎悪した。殺意を抱いた。お袋はこのままなら殺し合いになると心配した。
1993年6月28日、月曜日。親父は入院した。様々な機械やチューブにつながれた親父は昏睡状態だった。何もできない。俺を殴ることも怒鳴ることもできない。お袋と交替で病院に寝泊まりした。面倒臭かった。早く死んでくれと願った。
7月2日金曜日、早朝。看護師から親類に連絡するように言われた。もう危ないとのこと。その日は俺の寝泊まりだった。午前8時頃。父方、母方の親戚がぞろぞろとやって来た。担当医が俺に耳打ちした。このまま逝かせるか、治療を続けて延命するか。一家の長男が決められると。お袋と弟に確認した。「死なせる」と決定した。
「9時18分」。ひとことだけ担当医が言った。ご臨終などとは言わない。親父は死んだ。俺が死を決めた。殺したも同然だ。延命治療は金がかかる。死んでほしかった。俺の本心だ。
斎場。親父の死体を見た。うっすらと白目を開けていた。今にもむっくり起き出し、襲いかかってくると思った。親父の死をリアルに感じられない。夜。俺は棺を開けた。死に顔を使い捨てカメラに撮った。ワクワクした。死体がそこにある。憎んだ親父だ。うれしかった。
その後約1ヶ月。俺は鬱状態になった。親父の夢を繰り返し見た。妄想した。どこからかやって来て暴れる。俺を殺しに来る。怖かった。妄想だと思えなかった。
俺は親父を殺した。明確な意図を持って。間接的ではあるが親父の死に加担した。悲しみも慈悲の心もなかった。自分の父親の最期を心底喜んだのだ。
今、想う。親父が死んでくれて良かったと。そうでなければ俺は自分のなかの悪意に気づけなかった。どんな人間にも悪意はある。その普遍的な意味を俺は探究していきたい。その向こうに善意が見える。たぶん。
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いままでの「絶望男の逆襲」
2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
2007.9.25 第11回「欝屈」
2007.9.25 第12回「願わくば」
2007.10.9 第13回「家族と孤独」
2007.10.22 第14回「歪み」
2007.10.22 第15回「否定できないもの」
2007.11.26 第16回「精神障害」
2007.11.26 第17回「だるま」
2007.11.26 第18回「母の贖罪」
2007.11.26 第19回「因縁」
