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第17回 だるま
日曜の朝はちょっとした競争になる。便所に誰が先に入るか。弟が休みだ。朝から家にいる。便所の占拠率が普段より高めになる。弟かお袋か。うかうかしていると先を越される。小便なら少し待てばいい。クソだとかなり待つ。今朝は弟にクソの先を越された。俺もクソだ。約10分待った。弟が便所を出た。すぐさま便所に駆け込んだ。すっきりした。
親父は死ぬ前の約2年、寝たきりだった。脊髄の手術をした。医者は身体が固まるようになると告げた。退院後からベッドに寝る生活が始まった。それまでの飲酒も暴虐ぶりも止まった。静かにはならなかった。親父はベッドの上で「ウーウー」「アーアー」と唸り続けた。おかゆなどの食い物を与えようとした。受けつけない。紙オムツを取り替える。俺が親父の腰を上げ、お袋が紙オムツを当てがう。その瞬間、親父はお袋の顔面を蹴飛ばした。お袋は後方に倒れた。壁に後頭部を打ちつけた。顔に痣ができた。「もう知らないからね」。お袋は親父の頬を叩いた。お袋が親父に暴力を振るう場面を生まれて初めて見た。俺は唖然とした。以降も紙オムツを取り替えるたびに嫌がった。
親父は夜中も唸り声を上げ続けた。眠れなかった。弟が怒った。親父はクソをしたいのだ。ポータブルトイレに座らせた。出ない。便所に行きたい。便器に座りたい。唸り声はそれだった。弟は親父を抱え、便器に座らせた。親父は安堵の表情を見せた。が、再び唸り始めた。出ない。弟は親父をベッドに放り投げた。唸り声は朝まで続いた。誰も眠れなかった。
家族が外出する。親父は独りになる。夕方に帰宅した。親父はベッドから落ちていた。便所に行こうとしたらしい。身体が固まっていた。臭い。クソを垂れ流した。親父は落ちた。そのままだった。動くことも這うこともできなかった。だるまのように畳の上に転がっていたのだ。
親父はおかゆなどの主食を受けつけない。菓子類は口に入れたが、すぐ吐き出した。キャラメルだけは口に入れた。喜んでいた。うるさいときはキャラメルを親父の口に放り込んだ。ある日、親父が奇声を上げた。仰向けの身体を裏返した。パジャマを上げた。背中の方々にキャラメルがめり込んでいた。吐き出していたのだ。床ズレもあった。腰の辺りがみみず色に膿んでいた。
面倒は主にお袋と俺が見た。限界があった。弟は仕事で目一杯。俺とお袋も用事がある。親戚は親父のことを知っていながら約2年、1度も来なかった。ベッドやポータブルトイレなどの介護用品は福祉課から借りたものだ。金がかかった。紙オムツ代だけでもバカにならない。精神的にもクタクタだった。親父は毎日のように唸り、ベッドから落ち、食い物を吐き続けた。
死ぬ2ヶ月前。親父はハエが飛び回っていると手真似と単語で言った。ハエなどいない。親父の眼球に白い膜がかかっているように見えた。手で何かを追い払う動作を繰り返す。身体はまったく動かず、白い骨が浮き出るまでに痩せていた。肩口まで白髪が伸びていた。便所にも行きたがらなくなった。かつての潔癖な親父ではなかった。どうすることもできなかった。
親父は68歳で死んだ。俺は今、45歳。生きている。小便もクソもできる。身体が固まることもない。だからこそ動きたい。だるまになどなりたくない。
寝たきりの親父は俺に大切な何かを伝えた。そう受け取った。親戚は冷淡だった。福祉に頼る術も知識もなかった。家族が面倒を見るしかなかった。「何か」とは何か。抑え込んできた怒りだ。親戚は冷淡な社会の象徴だ。俺の想いを俺の言葉で社会に伝える。俺の使命。生きる意味だ。
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いままでの「絶望男の逆襲」
2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
2007.9.25 第11回「欝屈」
2007.9.25 第12回「願わくば」
2007.10.9 第13回「家族と孤独」
2007.10.22 第14回「歪み」
2007.10.22 第15回「否定できないもの」
2007.11.26 第16回「精神障害」
