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第16回 精神障害
先週の月曜日、水道橋の事務所でテレビのプロデューサーに会った。企画段階だが俺(か、もう1人)を中心としたドキュメンタリーを制作するという。俺の話を聞いた上で企画をテレビ局に持ち込むらしい。企画が通らなければなしだ。
「白井さんは精神障害者に見えない」と彼は言った。俺の話し方や雰囲気が一般社会人とさして変わらない。そんな意味だった。「またか」と思いながら、わけを説明した。薬の効果やら何やら。何をどう説明したか忘れた。精神障害など説明できるものじゃない。精神科医だってわかっちゃいなのだ。
心の病の方が通りがいい。身体に具体的な症状が現れない病気。現れても心因性から発祥するパニック発作だ。俺の場合は激しい動悸、偏頭痛、多汗、チック、胃痛、どもり、抑鬱などが極端な緊張や不安な状況のなかで起こる。安心できれば治まる。だが、心の病気である。大抵は身体に現れることはない(人によって症状は異なる)。心をレントゲンで見ることは不可能だ。
心の病を証明するものが精神障害者手帳だ。俺は2級と認定されている。手帳には顔写真がない。発行当時は問題になった。結局は精神障害者の人権保護とかで顔写真なし。現在まで定着している。身分証明としてはあまり役に立たない。が、ないよりはマシだろう。障害者割引きで映画を1000円で観られる。市内のバスや地下鉄がタダになる特別乗車券もある。1年ごとの更新だ。横浜までの市営地下鉄はタダだが、そこから先のJRは一般社会人と同じに金を払う。例えば水道橋まで540円。帰りは地元Tまでで680円。不思議だ。横浜までの市営地下鉄では障害者なのにJRに乗った瞬間、健常者になるわけだ。手帳も乗車券も提示するたびに「私は精神障害者です」と証している。パッと見は普通の人間が地下鉄をフリーパスで利用できる。市内限定で。これは便利なのだろうか?
俺は自分が精神障害者だという意識が薄い。障害者手帳の利用の仕方もイマイチ把握していない。だが、どこでどう道を間違えたのか心を病んだ。20年以上も精神科への通院を続けている。薬なしではいられない。俺を精神障害に見えないと言う人はこれまでにもたくさんいた。そんな人に会うたびに疲れた。お袋でさえ理解できないと言う。「だから外見じゃねぇんだよ」と心のなかで叫び、平静を装う。誰かにわかってほしいと願いながら。
「あなた普通だよ」「私だって睡眠薬飲みますよ」「精神障害など病気じゃない」「身体障害者のつらさを考えろ」「働かない言い訳にするな」等々。働かないで金をもらうなんてと障害年金受給を批判する人もいた。五体満足であることを恥じた。自分を責めた。
必然だと思う。心の病も差別、偏見も。すべてひっくるめて俺という個性を形成している。精神障害者であるからこそ出会えた人もいる。出会いたくない人もいた。得がたい経験があった。錯覚でもいい。そう思った方が生きやすい。
精神病そのものはそれほど苦しくなくなった。偏頭痛は毎日のようにあるし、朝早く動悸で覚める毎日も嫌だ。本を読んだりしたあとの躁状態にも困る。だが、自分の病気との付き合い方を理解してきた。心の主は自分なのだ。適度に頑張り、適度に休む。歩くのもいい。映画は欠かせない。今の俺は自分が安心できる状態に持っていける。つらいときは「つらい」と認め、強がらない。精神障害に限らない。人間の生き方の基盤ではないか?今の世の中でそんな生き方ができるだろうか。
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いままでの「絶望男の逆襲」
2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
2007.9.25 第11回「欝屈」
2007.9.25 第12回「願わくば」
2007.10.9 第13回「家族と孤独」
2007.10.22 第14回「歪み」
2007.10.22 第15回「否定できないもの」
