投稿原稿 リライトって、言わないで 藤山 隆
・「呼吸が上手に出来ない場所」
JR渋谷駅ハチ公口を出てすぐの交差点、あれを渡る時に僕は、だいたい息を止めることにしている。なぜだかわからない。けれどあの場所にいると、しんどくなる。呼吸がしづらい場所だ。だから息を止めるしんどさで、まぎらわす。痛い時に、他の部分をつねって我慢する要領で、やり過ごしている訳だ。あんまりいい方法とは言えないな。
余計、むかむかしてくるから。
・「地味な、お調子者」
その交差点で信号待ちをしていると「リィライトォして~」という声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、アジアンカンフゥーなんとか。通称「アジカン」というバンドのヒット曲「リライト」のサビをそこだけ歌ってる奴がいた。叫んでいたのは、なんか地味そうな男女6人くらいのグループの中の1人だった。その叫んだ男を、信号待ちをしている周りの人間が一斉に見たので、叫んでる奴以外のグループの全員は困ったように顔を見合わせ、薄く笑い、下を向いた。
男はもう一度「リィライトォして」と言った。俺は、見られたからって歌うのをやめないよ、とでもいいたげに。
そのくせに、その声はさっきより声が小さく震えている。小心者なのだろう。
グループの他の人たちは下を向いたままだった。冷たい、と思ったら一番かわいくない女がその男に愛想笑いのような顔を向ける。それを無視する男。嫌な奴だな。
・「あんまりにもムカつくから、蹴りたくなった」
そんな光景を見て、ただでさえ、この交差点にいることで嫌な気持ちになっているのに、余計に嫌な気持ちになった。不細工だろうと女の子には優しくするべきだし、こんな所で歌うべきではないし、ちょっと注目を浴びたくらいで恥ずかしそうにするんなら、見てるこっちは余計恥ずかしいから、そもそも最初から大きな声で、しかもワンフレーズだけでっかい声で歌うのはやめるべきだ。
さっき叫んだ地味な男は、もう1度「リィライトォ~」とごにょごにょと気まずそうに小さな声で、つぶやく。今度は、隣にいた僕にしか聞こえなかったみたいで、周りの人間はおろか、こいつを真ん中として、僕の反対側の隣にいる不細工な女の子にも聞こえなかったようだ。
僕だけに聞こえる、というのがムカつく。
こいつは中学生じゃあるまいし、何をやってるんだ。わめくならわめけ。渋谷の交差点の端っこで、リライトなどと大声でわめき、ちょっと見られたくらいで下を向いてしまうなんて、馬鹿なのかこいつは? そうに決まってる。
交差点でこの男の横にいた僕は、この男をちょっと蹴ってみたくなった。車に轢かせようとしたわけではない。この男の怯える顔が見てみたくなったのだ。この男は、どうしょうもなく情けの無い顔をするに違いないだろう。
それにしても、リライト、リライトと繰り返すなんて、迷惑な奴だ。この男もやり直したいことでもあるんやろうか。
・「僕のやりなおしたいこと」
僕は、やりなおしたいことだらけや。
無駄に過ごして24にもなったことは、誰のせいでもない、ことはわかっている。それでも割り切れない。もう、真っ当に生きるには遅すぎるのに。それに、いまさら不真面目に生きようとしても、タバコも吸えず、酒も飲めない、薬をやったこともなければ、友達だっていたためしがない。そんな人間が、一体何をやりなおせるというのか。また同じ日々を繰り返すだけ。そう思いながらも、やっぱりやりなおしたい。生きなおしたい。そんなことを思いながら同じような毎日を繰り返す。
どうやって1日が終わったのかもわからないまま次の日になって、次の月になり、次の年になっていた。いつのまにか夕方になってテレビでドラマの再放送を見て、インターネットをやり、ご飯を食べると今日は明日になって、それを繰り返す。
部屋に引きこもりビデオをたまに見、本を読み、音楽を聞く。それだって、人に誇れるほど見ているわけではなく、聞いたわけでない。ただ見ているだけ、というのは、ただそれだけのことでしかない。趣味が高じて何者になれるほどの可能性は、ない。そんな人間が、一体何をやり直せるだろう。大体何処からやりなおせばいいんだ。
・「戻れないんじゃない、戻らないんだって言え」
あの男のように、「リィライトォして~」などと一瞬だけわめき、すぐに下を向いてしまうことすら僕にはできない。この男にしたって、嘆いているだけなんだろう。
そう思うとますます男の背中を蹴りたくなった。おびえる顔なんてどうでもいい。おもいっきり蹴ってやりたい。俺が背中を蹴ってやる。行ってしまえよ。行け。お前ちょっと先に行ってやりなおしてこい。嘆くだけで嘆いて、何も変わろうとせず、何の、覚悟もないままやり直したいとのたまう、お前の背中を僕が押してやるよ。
ところで、お前は何をやりなおしたいんだ?
モテなかった中学時代か、行きたい大学に落ちたことか、毎日だらけて過ごしてしまったことか。それとも、悔やんでるだけで日々が過ぎてしまったことか。本当にやりなおしたいことなんて1つもないんだろうに。
友達がいないこと、頭の悪いこと、これからの、人並み以下な面白みのない人生を、やりなおしたいと思うことで、乗り切ることはできなくとも楽になる、そのことを僕は知っている。何かやらねばならないのは過去の自分であるはずがない。だから、やっぱり楽になりたいだけだろ。
僕はこの男に、やりなおしたいだなんて思うことをやめさせたかった。そして僕が蹴り飛ばすことによって、この男はやりなおしたいだなんて、ふざけたことを思うことをやめるような気がした。しかし、こいつもただ人気グループのヒット曲を叫んだというだけで、もし僕が本当に蹴り飛ばしてしまったら、と思うと、ちょっとかわいそうになった。ドラえもんがいないノビタ君みたいな、なさけない顔をした男だった。小学校の学芸会ではセリフのない木の役とかやってるような男だったんだろう。こいつはそんな顔してる。
・「僕の名前は、バイト君」
そういう僕は小学校の学芸会では子供その3をやった。本当は木がやりたかったんだけど。子供3と大人2と木1が空いてて、子供3を選んだ。心のどこかではセリフが言ってみたかったのかもしれない。それか、木の顔ぶれを見て、ここまでは落ちたくないとでも思ったんだっけか。
そういえばあのクラスで一番かわいかった主役の女の子は女優になりたいって言ってたけど、まだテレビで見たことはない。これからも見ることはないだろう。
僕は、学芸会では子供3だったけれど、いつか、どこかでは、主役になれるんだって信じていた。ところが、小学校の学芸会で主役だった女の子がテレビドラマの主役になれないように、僕もまた、どこにいっても、いるんだかいないんだかわからない端役しかやらせてもらえなかった。
自分なんて、いるんだかいないんだかわかんないどうでもいい奴だと思い知らされ、納得し、受け入れることで、すり減っていった。もう、しんどいことはしたくないと思った。負けでいいから勘弁してほしい。だるい。
学芸会で子供3だった僕は大人になって、バイト君という役どころをこなしている。そんなものだと、あきらめて、つまらないつまらないと言いながら、無気になったのはいつの頃からだったろう。
バイト君は、怒鳴られ、嫌味を言われながら、その日1日をやり過ごすので精一杯だ。
どこにいっても主役になれなかった。これからもなれない。でも、そんなことで、もう自分をすり減らしたりしたくない。そんなことは、させるものか。もう嫌だ。どうにかしなくちゃ。自分を丸ごと抱えて肯定することは、今更できない。なんとか全てを否定しなくてすむように。なれないものか、できないものか、もう遅いのか、こればっかりは駄目なのか、これだけじゃなく駄目なのか。
そうだとしても。そうだとしても、やりなおしたいだなんて僕は言わないよ。僕が背中を蹴ろうとした男にも言わせない。リライトはできないよ。でも、できない、なんて言うな、しないんだって言い張れ。
自分の意思でしないんだって、ふりでもいいから、言えよ。
そんなことを思ううち、信号は青に変わって、人にぶつからないように緊張しながら、息を止めたまま交差点をわたりきるころにはあの男もあの地味な新興宗教にでも入ってるかのような地味なグループは見えなくなっていた。(終わり)
藤山 隆
メールアドレス mercibeaucoup0119@mail.goo.ne.jp
感想はこちらへ
いままでの投稿原稿
2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27 「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」
2007.9.3 「憂鬱から生まれた歌人」第二話
2007.9.10 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」
2007.9.25 「氷河期世代は行動する」
2007.10.9 「詩」
2007.10.9 「元・不登校児 はじめてのアルバイト体験談」
2007.10.22 「恋する権利」