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投稿原稿 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」

投稿原稿  「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―  藤山 隆
 
床にへばりついて、じっーっと木目をながめてもう30分くらいになる。正確には3時30分から56分までの26分間、木目を目でなぞり何もせずにまどろんでいた。うつぶせのまま顔だけ上げてステレオで時刻を確認する。
朝の4時ごろ、地方のFM局でまるまる一曲を流す番組があって、それを録音するためにテープをセットした。また今日もこんな時間まで寝れなかった。眠くなってもぎりぎりまで粘って起きているから、眠りにつくのは6時ごろ。今日も学校には行けないなと言い訳するように納得するように独りごちた。
ラジオに集中し、時報とともにRECボタンを押す。MCがなく延々と曲だけがかかり、そのどれもが自分の趣味にあっていたため重宝していた。例えばその日にかかっていた楽曲はカジヒデキ「.Geen Road」、ホフ・ディラン「欲望」、スピッツ「冷たい頬」など。
Coccoの「Raining」という曲がかかった時、この曲を最後まで録音できたことを確認し、すぐさま録音をやめ、巻き戻しボタンを押しすぐにその曲を聴きなおした。泣いたわけでも、感動を実感したわけでもなく、ただ無心でそのような行動をとりそれからその曲を何度も何度も聴いた。
 
どうしてそんなことしたのか?
 
そんなことわからないし、誰にも言う必要もない。僕には友達もいないし。いつか自分に彼女ができるなんて考えられない。
ただ何度も何度も聴いた。
 
どうして?とは僕に向かって何度も発せられた疑問で、僕はいつもそれに、うまく答えることができなかった。
どうして?
「学校に行かないの?」
「友達と仲良くできないの?」
「みんなを困らせるの?」
僕にもわからなかった。普通にしているだけなのに「調子が悪いの?」と聞かれてしまう。小学生のころは「そんなことない」と言うこともできないで、大騒ぎになって一生懸命に芝居をしなくちゃならないことが何度もあった。
「どうして、みんなを困らせるの?」
と聞かれてもわからなかった。言葉が見つからなかった。そんな質問をした人が納得しそうな言葉を一生懸命考えた。頭がじりじりして何も考えることができなくなって上履きの緑色をにらんで目の前でヒステリックに怒っている人間があきらめてくれるのを待った。家に、はやく帰してほしかった。泣きながら適当なわかりやすいことを言ったら満足したようにして解放された。
 
ある日の帰り道、越してきたばかりの新築の家の庭に生えていた南国風の大きな緑色の葉を持つ植物を引き抜きたくなった。一生懸命引き抜こうとしていると、家の人が出てきて怒られた。最後に名前とクラスを言わされて家に帰った。お前の学校の生徒は悪いことばかりして、と僕がやってもいない壁への悪戯についてまで認めさせられた。へとへとに疲れて家に帰った。その家のあばあさんは「学校には連絡するからな」とわざわざ勝ち誇った顔をしてそんなことを言った。
家に着くなり明日も怒られると思うと力がぬけて眠くなってきた。敷いてあった布団にへたりこんでまだ寝る時間でもないのに僕は寝てしまうとその日から僕は起きれなくなった。10時間時くらいからは起きたり寝たりを繰り返しながら20時間、きりがいい所までと24時間くらい平均すると寝ていた。いくらでも寝ることができた。脳がとけていく感覚が不快だったけど、何もする気になれなくなった。植物を引き抜いたことがうやむやになるくらいの月日が経った頃、久しぶりに学校に行った。
すると「なんで学校に行かないの?」とは誰も聞いてはくれなかった。
「やっぱり学校に行くのはしんどいよね。うん。」
と先生には急に優しく言われるようになった。蛇のように執拗な30女だからスネークミソジと隠れてよばれていた女の猫なぜ声に鳥肌がたった。
「つらいのに学校に来ただけでも偉いよ。」
と学級委員長には言われた。勝手に僕の気持ちがわかるようになった彼らは「なんで?」とは聞かなくなった。しんどいのに、つらいのに学校に来て偉いと言われた。
 
「つらい」だなんて。僕は一言もそんなことを伝えた覚えはなかった。
 
うんざりして、何もしたくなくって、いつも眠っていた。
ただCoccoの「Raining」をテープにとってからは寝ながらその曲を聴いてもいた。一曲が終わるとテープを巻き戻してまた聴いた。
大切な人がいなくなって、髪を切り、切るものがなくなり腕を切るほどの悲しみを抱えた女の子が、空の青さと大地の果てしなさに、泣き崩れることすらできずにいる、ただそれだけの、なんてことのない歌。
どうして?空が青いくらいで、泣くことすらできなかったのだろう。それは僕にはわからない。腕を切るほどの悲しみなど知らない僕が、この曲を簡単にわかったりはできなかった。でも、それでもこの曲をいいなぁと思った。きっと、この歌に「こんな悲しいことがあって、髪を切って、腕を切りました」といった説明は必要なくって。ただ、悲しかったのに、天気がよくって、大地が果てしなさを感じて、泣くことさえできない。その描写だけがあればよかった。天気のよさに、悲しむことすらかなわないこと。女の子が髪の毛や腕を切るに至った過程を想像することは、痛みを伴うけれど、なぜか救われもした。
 
と、同時にもしかしたらという気持ちが僕に芽生えた。もしかしたら。
 
僕と同じような気持ちでこの曲を聴いている人がこの世界のどこかにいるのではないか。最初は弱い願望だった、それ。けれど強くイメージを繰り返すうち確信へと変わっていった何の根拠もないただの思い。きっといるはずの誰か。ずっとその人に向かって、それをどうやって伝えようか考えて、推敲して、何度も何度も繰り返した。いつかどこかでその誰かに出会うことができたら。絶望すらすることのできない青い空のイメージを伝えてみたいと僕は思った。
 
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いままでの投稿原稿

2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27  「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」
2007.9.3 「憂鬱から生まれた歌人」第二話

コメント (4)

レイ さんのコメント

ぼくはいま27歳ですが、なんとなく自分が小さかったころを思いだしました。

藤山 隆 さんのコメント

レイさんへ
この文を書いた藤山です。
これは僕が中学生の頃の話なのですが、レイさんはもう少し小さいころを思いだされたのかもしれませんね。それでも近しいものを感じる方がいてくれて、うれしく思っています。

コメントありがとうございました。

琉 さんのコメント

僕も「Raining」はすきでしたし、いまもすきです。

藤山 隆 さんのコメント

琉さんへ
ありがとうございます。
「Raining」、今でも聴いています。

藤山 隆

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2007年09月10日 17:36に投稿されたエントリーのページです。

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