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第5回 損をするのは誰か?
『不登校・ひきこもり・ニート』において、もっとも“損”をするのは誰か?
本人?
う~ん、必ずしもそうであるとは言い切れないなあ。まあ本人の価値観・人生観なんかもあるだろうし……
親?
まあ、親が子どもを学校に通わせるのは一種の投資であるわけで、より有利に生きていく手段として、わが子を学校に通わせるともいえるからね。確かに世の中は、高学歴である方が、就職、高収入を得る、結婚、育児に有利であるというのは事実ではあるけど……
でも、もっと損をする人がいるんだよ。
誰か?
それは『不登校・ひきこもり・ニート』以外の人々です。
あるいは、その集団である国家や行政である。
なぜか?
まず、近代における【学校制度】というのは、国家が国家を富ますために行っている教育制度であるからです。
近代以前、例えば日本だと明治以前の教育というのは、各家族や本人にまかされていた。ある意味、教育は“自己責任”であったんだ。
「武士の子どもは【藩校】に行ったではないか」という人もいるかも知れないけど、藩校は義務教育ではない。
日本を治めていた江戸幕府(徳川幕府)は【藩校】すら持ってなかった。幕府のサムライであるところの旗本なんていうのは私塾に通って学問を身につけた。
私塾に通わなかったり、親などから教育を受けない場合、武士であろうとも当然、学問は身につかない。幕末の英雄である勝海舟の両親などは、幕府の御家人(ごけにん)であるにも関わらず、ほとんど文盲であった。
商人や百姓の子どもは【寺子屋】などに通ったけど、それも別に幕府や藩に【義務】として【行かなければならない】なんてもんじゃなかった。
(もっとも、この時代の日本には【義務】だの【権利】だのといった思想は無かったんだけどね)
しかし日本の場合、義務などではなくても、ほとんどの子どもは私塾や寺子屋に通った。貧しい農民でも、その多くが“読み書きそろばん”ができたという。
なぜか?
わが子を私塾や寺子屋に通わせることで、その子の将来が有利になるからである。
そこには「江戸幕府のため」「町や村のため」という集団利益のためという考えは、あまりなかったみたいなんだよ。せいぜい、大店(おおだな)の商家が丁稚(でっち)など、預かった子弟を寺子屋に通わせるくらいだったらしい。これは、商売をやるうえで、お店のものが読み書きやそろばんができないと不便だし、損につながるからだね。
それが江戸幕府が倒れ、明治政府ができたとき政府は【近代国家・国民国家】となるために、学校制度をつくり、【教育の義務】【労働の義務】【納税の義務】【兵役の義務】を国民に要求することになる。
ちなみに、江戸時代では農民にこそ年貢(ねんぐ)という税金があったけど、その他の身分には無かったんです。
さらに、江戸時代だと日本人にとって【国民】や【国家】という思想や意識はなくて、明治時代になってからそういった意識ができたってわけだ。
日本にはそうしないといけない理由があって、その頃アジアは欧米諸国に続々と植民地化されていたわけで、おとなりの清国(中国)なんてヨーロッパから散々に侵略され踏みにじられていたくらいだから、日本は一日も早く近代国家として【富国強兵】しなければ、いつ欧米列強に植民地化されるかわからないという恐怖にさいなまれていたんだね。
さてここでまた疑問がおこる。近代国家とはなにか?
いろいろな表現があるけど、取りあえずここでは欧米のキリスト教文化圏であるアメリカ独立戦争や、フランス革命などから生まれた国民国家ということにしておこうか。
国民の国家だから、これまで武士階級(ヨーロッパだと貴族階級)が行っていた戦争や政治も、国民が【参加しなければいけない】国家ということね。
言い方をかえれば【国民が戦争や政治に参加する義務と権利がある国家】とも言えるかもしれない。
さて、ここに『不登校・ひきこもり・ニート』が“悪とされる”萌芽が生まれる。
なぜか?
近代国家は、近代資本主義国家でもあり、近代民主主義国家でもある。
近代民主主義国家は【自由と平等】というタテマエを持っているのね。この【自由と平等】というのは【法律に保障された自由】と【神からみた人間の平等】です。
神とはキリスト教の神のことね。さてこのキリスト教の原理のひとつ、特にプロテスタントの原理のひとつに
「働かざる者食うべからず」
という言葉がある。
これは新約聖書のテサロニケ人への第二の手紙 3章 10節にある「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」という言葉からきているんだけど、この言葉が近代資本主義国家、近代民主主義国家に利用されます。
つまり、近代以前では「働くこと」=「神聖なこと」ではなかった。
「働かない」=「怠惰である」とも考えられてはいなかったんだよ。
むしろ「働くこと(労働)」=「身分の低い者がやる卑しいこと」
という思想が、洋の東西を問わずあった。
それが、近代国家が誕生すると国民は学校にいって【国家・国民と自分のための教育】を受けるようになる。
それまでは、学校(私塾・寺子屋)へ行こうが行くまいが【自己責任】であったんだよ。それが【社会・国家の責任】になったのな。
前近代であった時代は、ひきこもりであろうとニートであろうと【家の責任か自己責任】であったのが【社会・国家の責任】となったわけだ。
なぜならば、近代国家になることによって義務と権利が生まれ【教育の義務と権利】【労働の義務と権利】【納税の義務と権利】【兵役の義務と権利】が、国民の義務と権利になったから。
前近代だと【教育は自己責任】【納税は農民】【兵役は武士かアルバイトの雑兵】であったのが、国家と社会の義務と権利になっちゃった。
【労働の義務】なんて前近代にはなかった。働かない人でも食べていける人はそれでいいし、食べていけない人は朽ちていくだけのことだった。
(救済システムがまったくなかったわけじゃない。飢饉のときは『お助け小屋』が開かれたり、浮浪者になれば『非人』という身分組織に、強制的に入れられた)
それが近代国家になると、国民を管理する責任は国家や社会にあり、『不登校・ひきこもり・ニート』が出てくると、一番損をするのは、国家や社会、その他働いて納税している人をということになったちゃったんだよね。
もっとも、近代資本主義国家、近代民主主義国家は、明治大正昭和初期までは、それほど日本に根付いていたわけじゃない。つまりその時代は、『不登校・ひきこもり・ニート』に対して、国家も社会もそれほど攻撃的であったわけはない。
農村とかでは、農繁期に学校に行かない児童生徒は当たり前にいたし、商家や職人の子どもだって、親の仕事を手伝うために学校に行かない子どもなども多く、その子やその親を責める人も周囲には、ほとんどいなかったであろう。
また、いつの時代にも働かない若者がいたが、いまの時代のように『社会や国家がそれらを社会問題とし、社会や国家がそれらの若者を【介入】しなければ……と考えることもなかった。
まだ「働かざる者食うべからず」の思想は、それほど根付いていなかったといえるね。
そうなってくるのは、太平洋戦争後からと言える。戦後民主主義の時代ってヤツだね。
戦後【兵役の義務】からはまぬがれたけど、【労働の義務と権利】【納税の義務と権利】【教育の義務と権利】は、どんどん根付いてくるようになった。
それまで農業とか個人商店が多かった国民が、どんどんサラリーマンになっていき、子どもは「学校に行くのが当たり前」になってくる。
大人は、親の家業を継ぐというより、いい学校を出ていい企業へ就職するという形ができあがってくる。国民は、義務だけではなく、組合などを作って権利も主張するようになる。
それまで、学校へ行くのも、なんらかの仕事に就くのも“家か自分の責任”であったのが、“国家や社会の責任”になってくる。
その考えが強くなると『不登校・ひきこもり・ニート』が社会的に問題視されるようになる。
まだ戦後の“戦争特需”や、道路等へ大量の設備投資をすることで、経済が高度成長していた時代は国民に夢があり、また仕事もふんだんにあった。
しかしそれが途切れはじめると『不登校・ひきこもり・ニート』という問題が噴出する。
『不登校・ひきこもり・ニート』が【悪】と思われるようになったんだね。
なぜならば、【教育の義務】【労働の義務】【納税の義務】を放棄する人は、この近代国家社会に貢献していないばかりか、権利のみを要求する人たちと思われるようになったからだ。
つまり、まじめに働いて納税をやっている人、国民の義務をはたしている人からみれば、
自分たちの血税を、ただで使っているだけにしかうつらないからなんだよ。
長くなるので、くわしく述べきれないところもあるのだけど、これが『不登校・ひきこもり・ニート』への迫害の歴史と、国民感情の一部であることには、大きな間違いはないと思う。
いま『不登校・ひきこもり・ニート』に苦しんでいる人がいるとすれば、いまの体制や現状を逆に利用して、とにかく“したたかに”に生きてほしいと思うね。
もう、したたかに、したたかに……ね。
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いままでの「オグラオサムのタブーなお話し」
2007.7.13 第1回「ちょっとヘンだよ不登校業界」
2007.7.19 第2回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その1」
2007.7.30 第3回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その2」
2007.9.3 第4回「支援者は思想・信教の“良識”を」

コメント (1)
自分は日本史が好きで、そして大学の専攻が江戸文学ということもあり、とてもこの話に合点がいきました。オグラさまは思想の色眼鏡を通して物事を見ずに(バイアスがかかっておらず)、平明な視点で物事を見抜いているところが好きです。そして達意。とても説得力があります。具体的。これからもコラム楽しみにしております。
投稿者: リスナーN | 2007年09月14日 01:25