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2007年09月 アーカイブ

2007年09月03日

オグラオサムのタブーなお話し 第4回「支援者は思想・信教の“良識”を」

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第4回 支援者は思想・信教の“良識”を
 
日本社会ではね。タブーというよりも【良識】として
 
【他者の政治思想や宗教に立ち入らない】
 
というものがあるんだ。
 
ところがそういったプライベートなことに立ち入ってくる人たちが、この『不登校・ひきこもり・ニート』関係者には少なくない。(笑)
 
『不登校・ひきこもり』の講演会とか『親の会』で
 
【次の選挙では、○○党に投票しましょう!!】
 
なんて叫んでいる有名なセンセイがいたり、支援団体のホームページをのぞいてみたら、【憲法改悪反対!】【教育基本法改悪反対!】なんてデカデカと書いてあるところが少なくなかったりするのな。
 
ところが……だ。
 
そういった支援団体に【助け】を求める人は、何もそういった思想の人たちばかりじゃない。
 
実際、ある当時者の人が、コッソリとこんなことを耳打ちしてくれたことがある。
 
「いまいるフリースペースは、ちょっと居心地が悪いんです。ぼくの家は創価学会ですから……」
 
なんていうのな。創価学会の支持政党は公明党である。つまり2007年8月の現時点では与党である。
 
ところが、その人の通っている【フリースペース】とかが野党支持の政治色が強かったり、「創価学会は邪教である」なんていう宗教色や思想が強かったりすると、その人にとって、あるいは子どもやお母さんとかが、ようやく見つけた【フリースペース】や【親の会】といった居場所が、居場所でなくなるという危険さえある。
 
他の家族から「居場所で何を話したの?」なんて聞かれても、素直にいえなくなる。
 
場合によっては、それが原因で家族の間が険悪になるおそれすらある。
 
よって、
 
『不登校・ひきこもり・ニート』の【フリースペース】や【親の会】では、政治や思想、信教について距離をとっておいたほうがいい。
 
なぜか?
 
『不登校・ひきこもり・ニート』というのは、どの政党を支持していようと、どんな思想・宗教の持ち主の家庭であっても、起こりうることであるからである。
 
『不登校・ひきこもり・ニート』の支援団体というのは、いろいろな人が助けや居場所を求めてやってくる場所なんだ。
 
そこには当然、いろいろな思想、宗教、支持政党の人たちも集まってくるので、お互いに配慮する必要がでてくるはずだ。
 
もちろん、政治や思想宗教の話しがダメって言っているわけじゃない。
 
特にニート問題では、雇用といったことに深く関係しているから、そういった話題がでるのは当たり前です。
 
ただ、『不登校・ひきこもり・ニート』を対象にした、フリースペースや団体、場所はそれでなくても、数が大変に少ないため、余計にそういった人たちに配慮し、お互いに尊重して話をしてほしい。
 
思想・宗教・政治の話っていうのはとてもおもしろいし、また感情的になりやすい話題でもあるんだ。
 
なぜかというと、思想・宗教・政治というのは、その人や家族、民族、歴史などの背景を背負っていたり、生き様が背景にあったりするんだよ。
 
これらの問題はとてもデリケートでプライベートな問題でもあるんだ。
 
そこに土足で入り込むような言動があると、自己否定されたような気がして、すぐに逆上したり悪感情を抱いたりすることが多いんだよ。
 
一般社会、特にお酒とか飲んでいる場では、思想・政治・宗教の話題がタブーになっているのは、そういう理由があるからなんだよ。


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いままでの「オグラオサムのタブーなお話し」

2007.7.13 第1回「ちょっとヘンだよ不登校業界」
2007.7.19 第2回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その1」
2007.7.30 第3回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その2」

絶望男の逆襲 第8回「昼夜逆転」

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第8回 昼夜逆転
 
8月も末になった。なのに朝から暑い。蝉の鳴き声が耳に響く。秋はまだまだ先だと囁いているかのようだ。昨夜も暑くて眠りづらかった。それでも6時間は眠れた。少しずつでも涼しくなってきている。秋は近い。
 
今の俺は規則正しい生活を守っている。朝7時前に起きる。ゴミ出しをして、洗顔をし、新聞に目をとおし、ハーブティーを煮出し、それを飲む。朝食時には朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」を見る。一日が始まる。特別な用事がない限りは大抵そうだ。日中、用事の合間に2時間ほど睡眠をとる場合もある。夜は23時前後に寝る。この生活パターンにすっかり慣れた。お陰である程度の健康は保てている。
 
かつては違った。小学校2年生の頃の俺は貧弱だった。身体は骨が浮き出るほどにやせていた。ボロ切れのような服でヨロヨロと登校した。朝礼では常に前列に並ばされた。背が低かった。気分が悪い。立っていられない。2分と持たずに俺は倒れた。そして、保健室に運ばれた。そんなことは登校のたびにあった。家でろくに飯を食えない。ひどい飯だった。貧乏なうちに朝飯をしっかりとる余裕はなかった。夜眠れないのもあった。なぜ眠れないのか理由はわからない。睡眠不足が体力を奪っていた。おかずのないグチャグチャのご飯でも食わないよりはマシだろう。だが、朝から具合が悪くて食えない。しかも親父は学校へ行けと脅しをかける。奴の心配はかかる学費だ。
 
小学3年の中頃に1度目の引っ越しをした。親父は木材加工の仕事に転職。収入が増え、俺は貧弱ではなくなった。体力もついた。が、相変わらず夜眠れなかった。学校も休みがちになり、5年からは仮病を装って、ほとんど登校しなかった。中学時代は休みながらも結構出た。小学校同様、卒業はできた。
 
その後、昼夜逆転が始まった。夜眠れないから朝仕事に出られない。出ても午前中に家に戻り、布団をかぶって眠った。癖になった。夜はテレビを朝まで見た。テレビを親父に禁止されるとラジオを聴いた。睡眠は日中。午前9時頃から夕方まで眠った。時々は外出し、バイトに出た。体調を崩し始めた。精神面もおかしくなった。食いに食った。吐くまで食った。腹だけが異様に膨れた。頭痛がひんぱんに起こった。キレやすくなった。母を突き飛ばした。意味なく怒鳴った。たまに夜眠ろうと「努力」した。だが、眠ろうとすればするほど眠れず、苦しい夜を過ごした。
 
鬱病だとわかった。20歳から精神病院に通院し始めた。以来も昼夜逆転を繰り返した。薬の量を増やした。一日に10錠以上を飲んだ。前後不覚になった。夢と現実の区別がつかなくなった。「やばい」と思った。
 
30代後半から薬を1種類(安定剤)に減らした。日中、どんなに眠くても、退屈で孤独でも眠らなかった。夜眠る習慣を身につけた。
 
規則正しい生活パターンが今の自分を創っている。未だ不安定ではあるが昼夜逆転を抜け出せた。「できない」を「できる」に変えたのだ。
  
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
 

絶望男の逆襲 第9回「無情」

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第9回 無情
  
07年8月30日木曜日。午前中にダイエーに行った。いつもの義務だ。この3年、母の代わりに俺が食物や日用雑貨を買っている。うちは常に現金がない状態で買い物のほとんどはダイエー。クレジットカードを使っている。
 
この日も同じように買い物をし、清算が済んだ。レジの店員にカードを。通らない。店員はクレジット会社への問い合わせを勧めた。後ろには客が並んでいる。いい見世物だ。買い物カゴには弁当などの食物がごっそり入ったまま。俺はレジに置かれた買い物カゴを尻目にその場を離れた。カード会社と電話しても事態は変わらない。カード無効。使用は次回支払い2~3日後。奴らはマニュアルどおりの返答しかできない。
 
弟の給料日は月末。支払いは月初めにしている。毎月必ず振り込んでいる。滞ったことはない。こんなトラブルは3度目だ。1度目は持ちあわせがあった。2度目はカード会社と電話でやりあった。今回はパターンが読めた。限度額を越えたのだ。
 
クレジットカードは現金なしで物が買える。高い物ならリボ払いにすればいい。何でも思うままだと錯覚する。
 
俺は映画007シリーズ全20巻のDVDを揃えようと次々と買った。1度ハマると止まらない。現金払いなら抑制できた。クレジットカードは金銭感覚をマヒさせる。働いている弟のためにと高いすしも買った。クソ暑さが冷静さを奪う。結果、請求額が増える。カードは無効にされ、俺は赤っ恥をかく。家族に対し、罪悪感でいっぱいになる。金を払うのは弟で家計を調整するのは母なのだ。
 
クレジット会社は家庭事情などお構いなし。機械的に処理し、カードを予告なしに無効にする。電話の対応も機械的だ。俺が感情に訴えると口ごもる。マニュアルにないから応えようがない。そう教育されているのだろう。効率優先システムか。より生産的にか。
 
支払いは今日(9月3日)。が、クレジット会社が入金を確認するまで2~3日は待つのだ(どこが効率的だ!)。それまで支払い額から差し引き、捻出した金で食っていかねばならない。健康保険料を来月にずらすと母は言う。それでもぎりぎりだ。こうなったのは自分のせいだと罪悪感に苦しんでいる。母に「俺が悪い。俺なんか死んだ方がいいだろ」と吐き出した。母は「みんなも同じ物を食べてるんだから」と言った。少し救われた。
 
効率的で生産的であることが優先。それが今の世の中らしい。まるで管理社会だ(そうなっている)。情や思いやりといった人間らしさは映画やテレビドラマのなかにしか存在しなくなったのか。今にすべてがシステム化し、人間らしさは置き去りになる。ならば俺は非効率的で非生産的な生き方を実践したい。今までもそんなふうに生きてきた。ささやかなシステム社会への抵抗だ。
 
1つ気になることがある。あの買い物カゴのなかの商品。1つ1つを元の場所に戻すのだろうか。その作業をするのは店員か。だとしたら大変だろうな。
 
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
 

ゲームあふるる国に生まれて 第6回「ハイ&ローの愉悦(その2)」

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第6回 ハイ&ローの愉悦(その2)
 
 では、私が前回にした問い
 「最初のカードは絵札の「K」です。あなたは「ハイ」を選びますか? それとも「ロー」ですか?」
 に、私自身が答えるとしたら、どう答えるでしょうか?
 答えは「絶対にハイ」です。
 しかし、前回教えたように、どちらを選んだとしても勝つ確率は約48.5%なのですから、「どっちでもいい」はずなのに、どうして「ハイ」を選ぶのでしょうか?
 
 ハイ&ローは、最初にカードが1枚めくられて、それに対して、ハイかローかを選択すると、次のカードがめくられます。そして、それを4回までくり返すことができます。
 4回繰り返した時に、画面上には5枚のカードがめくられていることになるのですが、ポーカーゲームで5枚のカードがめくられた時にできるものといえば?
そう「役」ができます。
 基本的には通常のポーカーと同じように、フラッシュやスリーカードなどのおなじみの役ができます。
 聞き慣れない役に「Jacks or Better」(以下
JB)という役があります。普通のポーカーではほとんど聞きませんが、メダルゲームではよく出てくる役で、意味は「ジャック(数字のJ)以上のワンペア」です。2~10のワンペアでは役になりませんが、J~Aならば役になります。
 そして、役が成立するとスペシャルボーナス(以下
SB)を得られます。一番簡単な役のJBならば、Betした枚数の10倍。一番難しい役のロイヤル(ストレート)フラッシュだと、なんと夢の1000倍です。
 ハイ&ローとスタンダードのダブルアップを比べた時に、ハイ&ローは約48.5%でしか2倍にならないのに、スタンダードなら50%の確率で2倍になるといいましたが、その1.5%分は、このSBに回されているのです。
 
 では、このハイ&ローが、スタンダードよりも有利な点とはなんでしょうか?
 それは、「低い倍率で当選した時に、メダル獲得上有利」ということです。
 たとえば、5枚ベットで1倍当選した時に、ハイ&ローが4回成功すれば、80枚にすることができます。さらにJBの役が揃えば、5の10倍の50枚が獲得枚数にプラスされ、130枚になります。一方、スタンダードの場合は、4回以上トライすることができるので、4回で80枚、5回目成功で160枚になります。
 しかし、約48.5%を4回成功させるのと、50%の確率を5回成功させるのでは、約48.5%を4回成功させる方が確率的に簡単なはずです。数字に弱いので、ハッキリした数値は出せませんが。
 そういう意味で、ハイ&ローは最大獲得枚数こそ低いものの、獲得メダル数を安定させ、高倍率当選への希望を繋ぐことができるのです。
 
 では、最初の問題に戻りましょう。なぜ「もちろん、ハイ」なのかといえば、それはハイ&ローで成立する一番簡単な役がJBですから、基本的に11以上の数字を引いていくのが、ベストなのです。また、狭い範囲に数字をまとめることで、ストレート(SB
50倍)の役づくりも期待できます。
 もし「K」からローを選んでしまい「7」なんかが出てしまった時には、その時点でストレートは成立しなくなりますし、また「7」から「ハイ」を選んでも、「K」のワンペアができる可能性は低くなります。
 しかし、「K」からハイであれば、勝つ時は必ず「A」で勝ちます。Kより高いカードはAしかないのですから、当然ですね。次に、Aからなら当然ローを選ぶのですが、数字は元の数字に近い数字が出やすいという原則があるので、Kを引いてJBを成立する可能性は高く、また下がっても10より高い数字であれば、ストレートのチャンスがあります。
 では、Aの次にQが出たとします。この場合はハイを選んで勝てば、次の数字は必ずKかAですからJBが成立します。ただし、ストレートは消滅します。私だったら基本はハイですが、それまでめくられたカードのスーツ(ハートとかスペードなどの、マークのこと)が同じならば、ローにします。Jか10の同じスーツが出てくれれば、ロイヤルフラッシュ(SB
1000倍)の可能性がありますから。
 
 このように、役の成立可能性をにらみながら、カードを追い詰めていくというゲーム性こそが、表示されたカードよりも大きいものを選べば2倍という単純さが売りの、スタンダードにはない、ハイ&ローの魅力なのです。
 とはいえ、ハイ&ローはシグマ(現在は、パチスロ大手のアルゼと合併し「アドアーズ」に)の古い機種にしか搭載されておらず、遊べるマシーンは減少傾向なのがつらいところですね。
 
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これまでの「ゲームあふるる国に生まれて」

2007.7.17 第1回「あの頃のゲームセンター」
2007.7.25 第2回「レイトン教授の体操」
2007.8.3 第3回「「オンライン対戦」によって脚光を浴びた、「あの」ジャンル(その1)」
2007.8.28 第4回「「オンライン対戦」によって脚光を浴びた、「あの」ジャンル(その2)」
2007.8.28 第5回「ハイ&ローの愉悦(その1)」

人生曲折「つまづき業(ぎょう)くん」 第9回「止まらないつまづき君」

第9回 止まらないつまづき君  作:くまき由佳
 
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いままでの「人生曲折「つまづき業(ぎょう)くん」」

2007.7.12 第1回「俺 つまづき業(ぎょう)①」
2007.7.12 第2回「俺 つまづき業(ぎょう)②」
2007.7.13 第3回「つまづきデート①」
2007.7.13 第4回「つまづきデート②」
2007.7.27 第5回「違った意味でガーン」
2007.8.8 第6回「夏目氏とナンパ①」
2007.8.8 第7回「夏目氏とナンパ②」
2007.8.28 第8回「一石二鳥」
 

共産主義、入門中 第5回「「弱者による暴力」に対する暴力について」

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第5回 「弱者による暴力」に対する暴力について
 
 このウェブマガジンで、杉田俊介さんの「弱者暴力との抗争――内藤朝雄氏のよわよわしさについて」を読んだ。タイトルからすると内藤朝雄さんに対する個人批判のように見えてしまうけど、実際に読んでみるとより一般的な問題を扱っているようだ。暴力に苦しんでいる人や「弱者」とされるような人、暴力を止めようとする人たち自身が、時として他人に暴力を振るってしまうことがあるという問題だ。ここで暴力という言葉は、殴ったり殺したりするようなことだけじゃなくて、「パワハラ」みたいなことも含む広い意味で使われている。
 
 これは、杉田さんが『フリーターにとって「自由」とは何か』でも問題にしていたことだ。この本は、フリーターを一方的な「被害者」として描くものでは決してなかった。むしろ、「フリーター」の多様性や、野宿者、外国人労働者、障害者との関わりを示し、「フリーターは誰を収奪しているのか?」と問うていた。こんなふうな問題意識から読めば、今回の「弱者暴力との抗争」も、内藤さんを貶めようというよりは、杉田さん自身が抱えている課題について考えたものであると言えるだろう。
 
 杉田さんはこう書いている。「かつて悲惨な被害にあった当事者が、それを理由に、別の人間に何をしてもいい、傷ついた人間が直接間接に他人を傷つけて構わない、とは言えない」。僕は、これに同意する。というか、一般論としては、これに反対する人はほとんどいないだろうし、内藤さんも100%この言葉に賛成するんじゃないだろうか(フリーターの苦しみが解決できないなら「国民全員が苦しむ平等」を求めるという赤木智弘さんは例外かもしれない)。
 
 けれども、僕は共感と同時に警戒心を抱く。というのも、「弱者による暴力」を批判するという名目による暴力の方が蔓延していると思うからだ。
 
 杉田さんも指摘しているように、「弱いものがさらに弱いものを叩く」ことがあるとしても、それが自覚的に行われることはほとんどない。「ジャイアンに殴られて痛かった。だから僕は飼い猫をいじめる」とのび太が言ったとしたら、「いや、それはおかしんじゃね?」と批判することができるだろう。でも、弱者が強者と戦い、暴力に抵抗しているつもりで「さらに弱いものを叩」いてる場合は、いったい誰がそれを「弱者による暴力」であると認定するんだろうか? そしてそのような批判は、「強者」による暴力との関係でどんな意味をもつだろうか?
 
 たとえば、北朝鮮について考えてみよう。北朝鮮はかつて日本による侵略を受けた。戦後も日本やアメリカの軍隊に脅威にさらされてきた。国際的には、北朝鮮は「弱者」である。
 
 けれども、北朝鮮は一枚岩ではない。独裁者が民衆を抑圧している。また、いわゆる「拉致問題」も、国家による個人に対する暴力と言っていいだろう。
 
 北朝鮮の暴力は、かつての大日本帝国の暴力や現在の日本や米軍による脅威に比べたら、規模としては小さなものだ。だがもちろん、実際に独裁者に抑圧されている民衆や外国から拉致された人に対して、「日本の方がもっと悪いから我慢してください」とは誰も言わないだろう。「弱者が仕方なくふるう暴力よりももっと巨大な悪や暴力がこの世にはある、そちらをどうにかすることのほうを優先すべきではないのか」というような言い方を杉田さんは批判しているが、その通りだと僕も思う。
 
 だけど、この「弱者の暴力」に対する日本の人々の批判の仕方には卑怯なものを感じる。日本の人々は、過去の戦争責任も、我々が現在も北朝鮮の人々にとって脅威となっていることも忘れて、ひたすら北朝鮮を叩いている。弱者が「より弱いものを叩」いたことを口実にして、強者が自らの圧倒的な暴力に居直っているのだ。
 
 「弱者による暴力」は、何の脈絡もなく突然現れるわけじゃない。北朝鮮に独裁政権が生まれたことは日本による侵略と無縁ではないし、それが戦後ず~っと続いてきた背景には、日本やアメリカの軍事力がある。
 
 もちろん、独裁者が民衆を抑圧することや、日本人を拉致することは、日本の暴力に対抗するためには何の役にも立たない。むしろ日本の右傾化を進めて、脅威を大きくするだけだ。だが、911テロを見て「ざまあみろ」と思った人が世界にはたくさんいたように、日本の過去や現在のあり方が北朝鮮の独裁者に正当性を与えていると感じる人がいても不思議ではない。北朝鮮の暴力は、日本やアメリカとの関係の中ではじめて存在するのだ。その意味で、日本人もまた拉致問題に責任を負っている。日本にいる我々がまずすべきことは、拉致問題で鬼の首を取ったように北朝鮮を叩くよりも、日本国家や米軍の暴力と向き合うことじゃないだろうか?
 
 暴力は、別々に固まって存在するのではない。暴力は、「弱者」も、「より弱いもの」も、「強者」も、「傍観者」も、一本の線で結んでいる。杉田さんは「私はもう弱者暴力との闘争も辞さない」と言う。そのような「闘争」は、モグラ叩きのようにではなく、この線上で行われなければならないと僕は思う。
 
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いままでの「共産主義、入門中」

2007.7.13 第1回「宝くじと教育の不平等」
2007.7.23 第2回「努力が報われる社会」にNO!
2007.7.30 第3回「「第三の道」はいらない」
2007.8.8 第4回「仮病で何が悪い」
 

貧困襲来! 第5回「北九州市福祉事務所長を刑事告発」

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第5回 北九州市福祉事務所長を刑事告発
 
8月23日から25日まで北九州市に行ってきた。
もともとは、北九州市でネットカフェ調査を行う人たちへの講演が目的だったが、偶然にもその滞在中に刑事告発することが決定した。
 
告発したのは、364個人と4団体。告発されたのは、北九州市小倉北福祉事務所長を勤めていた菊本誓氏である。罪名は、保護責任者遺棄致死罪と公務員職権濫用罪。
告発状の起草や告発人の集約などは、私も幹事の一人である生活保護問題対策全国会議(代表:尾藤廣喜弁護士)がやった。告発文や関連する新聞記事などは、その全国会議のホームページで見ることができる。
http://seihokaigi.com/default.aspx
 
なんで刑事告発などという仰々しい事態に立ち至ったのか、そこまでやる必要があったのかについては、来週発売される週刊金曜日に書いたので、そちらを読んでいただきたい。
 
ここでは、24日の告発前に男性宅を訪問したときの印象を少し。
写真で見た人もいるだろうが、ひどい家だった。
「昔からの炭鉱長屋」ということだが、隣の家は当然ながらそれなりにきれいにしている。
でも、亡くなった人の家は、屋根が破れ、床は抜け、玄関引き戸にちゃんとガラスもはまっていないような家だった。
「あばら家」というものを、私は初めてこの目で見た。
そして、閉まらない引き戸から屋内をのぞくと、死臭がした。
 
死ぬ以前の問題じゃないか。そう思った。
生活保護を廃止されて亡くなったという「大事件」の前で、この家の問題は消し飛んでしまって問題にされることはない。
でも、訪問した人間は全員感じている。「この家に、このまま住まわせていたことだけで十分犯罪ではないか」と。
 
彼は、去年の12月から今年の4月まで生活保護を受けていた。
生活保護を始めるときには、必ず福祉事務所職員の家庭訪問がある。
担当職員は、最初にこの家を訪れたとき、なんとも思わなかったのか・・・。
 
そう、なんとも思わなかったのだ。たとえ思ったとしても、北九州市の生活保護行政では、アパートを引越すお金を出すことなど、とても上司に進言できる雰囲気ではないのだ。
なんと言っても、生活保護受給者が一人死ぬと、仕事が一つ減ったと言って喜ぶ、と証言されているところなのだから。
 
北九州市はいつも、それが自分たちにはどうしようもない事故だったのだと、自分たちも残念に思っているのだ、と言ってのける。
でも、それがうそっぱちだろうということを、その家が示している。
その家がそのままの「あばら家」状態で残されているという事実が、北九州市が市民を、生活保護受給者をどう見ているかを示している。
たとえ本人は言えなくても。
  
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いままでの「貧困襲来」

2007.7.17 第1回「このままでは本当に殺される」
2007.7.24 第2回「日雇い派遣は貧困ビジネス」
2007.7.30 第3回「ピエロの一票。一発食らわすつもりで」
2007.8.27 第4回「労働と福祉の連携」
 

投稿原稿 「憂鬱から生まれた歌人」第二話

投稿原稿  憂鬱から生まれた歌人 第二話「暗黒の高校時代、空白の大学時代」  作・新人歌人(にいとかじん)
 
今回から文体を変えます。初回は緊張して丁寧語になってました。これからは普通に書いてゆきます。話が前に戻り、挫折と鬱屈に塗れた高校・大学時代を書いてゆきます。何かの参考になるかはわかりませんが、よかったら読んで下さい。
 
県下の進学校から、辛うじてMARCHレベルの大学に入学した自分だったが、入学して一月ほどでやる気を無くした。自分はもともと学校や勉強と言うものが嫌いだった。ただ中学時代、勉強が出来る人間がクラスでいつも優越的な状況にいるのに耐えられず、半ば反発的な気分から勉強に打ち込んだ。そして学内一桁に常に入れるぐらいにはなった。それで県内屈指の男子高進学校に進んでしまった訳だが、もともと勉強嫌い学校嫌いだった自分は徐々にドロップアウトしていった。好きな国語と日本史以外は赤点だらけでどうしようもなかった。授業中も司馬遼太郎の小説や紀行文ばかり読んでいて、受験勉強なんかもまともにやったのは四ヶ月にも満たない。そんな学校嫌いの勉強嫌いの自分は大学に入ってから完全に崩れ去った。閉鎖的な男子高進学校のイメージからかけはなれた現代的な、イマドキの若者に接して埋めがたい隔たりを感じたこともある。そして、そろそろ勉強嫌いが沸点に達していたこともあった。あとは、大学の勉強(文学部国文学)が自分にとっては非常につまらなかった。こんな昔の古典をうじうじやって何になるのか。思考停止して教授の言う通りの答案を書くことばかり求められる試験やレポートなぞ、やってられるか。一人で本読めば一日や数日で済むことを何でいつまでもうじうじ何時間、何ヶ月もやるのか。妙に、反発心が強く性格が捩れていた自分は学校からも教授からも学生からも遠ざかっていった。
 
そうして、大学を自主休講しがちになり、図書室に行ったり(学校嫌いが高じてそのうち大学の図書館とは疎遠になっていったが)図書館やマクドナルドで本を読んで時間を潰すことが多くなっていった。大学と言うものはテキストというものがなかったり、出席重視・課題重視の講義も多いので、高校で授業と試験を無視して独学する癖がついていた自分は多くの単位を落とした。最初の方はさほど気にしなかったり、あるいは心を入れ替えようとしたこともあったが、どうにも大学や学生に馴染めない。そこで自分はますます本を読んだり、小説の練習をしたり(ほとんどろくなものが書けなかったが)、学校に頼らない別のルートの生き方を更に更に模索した。と言っても、そんな簡単にそんな別のルートを開ける訳が無い。才能も無い、根気も無い、コミュ力の無い自分は学年を経るごとに逼迫していった。折りしも世間では「大学全入時代」と言う言葉が登場し始め、大卒→新卒就職の絶対性が更に強固になりつつあった。その中で才能も根気もツテコネも無い駄目人間が大学を辞めると言うことは何を意味するか。日を追うごとに自分は焦り始めた。しかし、いっこうに状態は好転しなかった。そんな折。
 
そんな折。全く寝耳に水のことが起こった。人間アレルギーに近い自分と波長の合った数少ない高校時代の友人(大学に入ってからもたまに家に遊びに来たり街で会ったりしていた)が自ら命を絶った。彼は自分よりも良い大学にゆき、単位も順調に取っていて、なおかつ彼女も出来て充実した大学生活を送っているものと思っていたので、その事態に驚くよりも呆然と立ち尽くした。俄かには信じられなかった。結局、深い理由はわからなかったが、同じ大学に通っていた友人からの話で大学のサークルでの人間関係に悩んでいたと言うことはわかった。ぼんやりとしつつ底なしに暗い気持ちで自分は通夜と告別式に参列した。通夜の後、集まっていた高校時代の友人と飲み屋に入り、久しぶりに話したのだが、みな、最初は友人の死を悲しみつつも、段々とこれからの自分達の将来のことを語り始めていた。大学もそろそろ三年。皆、前を向いていた。皆、大学でうまく行っているのだ。自分と違い、友人の死はそこまで皆の心に影を落としていないように見えた。一方、自分は死んだ友人と同じように大学生活で挫折した。そして、自分には語るべき将来は無い。それは暗澹たる気持ちだった。
 
それから三ヵ月後。否応なしに再び春が巡ってきた。この春でついに自分は留年した。本当はもう限界で休学したいと思った。精神的にもう学校にいられる気がしない。家から大学までの一時間半が物凄く遠く感じられる、電車酔いも激しい。朝も起きられない(どんなに目覚ましをかけても起きられない。二度寝どころか五度寝すらあった)。いよいよ外面(学校)のみならず内面(家庭)も行き詰まってきた。そんな四月の中旬に、疎遠になっていた友人から電話があり、携帯電話越しに疎遠になっていた懐かしいもう一人の知人の明るい声を聞き、自分は二人に街で会うことにした。会って、暗い気持ちを払いたかった。自分は当たり前に大学を休講し、数年ぶりに二人に会った。その知人は精神を病んで休学しているもののプログラミングやパソコン方面の才は学内髄一で将来を嘱望されていた。自分とは高校一年の頃に隣の席だったり、たまに街を歩いていて偶然会ったりと何かと縁はあった。知人は精神の病を感じさせないぐらい元気そうだった。数年ぶりの再会に手を差し出して、おどけて握手を求めてきてきたりして以前と変わらず気さくな明るい性格だった。そして三人で街を歩きながら、彼の語る、いつか起業する夢に(自分も下っぱで使ってもらおうかなぁ・・)と夢想したりした。それは学生生活に行き詰まった自分には楽しい想像であった。そうして三人で街を歩きながら、あの当時まだ爆発的なブームが起こる前のメイド喫茶へも一緒に行ったり彼のゲームの買い物に付き合ったりした。そして夕方、乗り換えの駅での別れ際。その場に立ち尽くす自分に、彼は遠ざかりながらもこちらに手を上げて笑顔を残して駅の雑踏へと消えていった。その笑顔はとても染み透るような良い笑顔だった。それが結局、生きている彼を見た最後になった。一月後、彼もまたこの世から自ら去っていった。
 
(つづく)
 
↓当時の気持ちに似た心境の短歌。
 
石川啄木「悲しき玩具」から
 
どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり恐るる。
 
人とともに事をはかるに
適せざる、
わが性格を思ふ寝覚めかな。
 
石川啄木「一握の砂」から
 
師も友も知らで責めにき
謎に似る
わが学業のおこたりの因(もと)
 
わがこころ
けふもひそかに泣かむとす
友みな己(おの)が道をあゆめり
 
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いままでの投稿原稿

2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27  「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」

今日のオールニートニッポン 2007年9月3日号(第14号)

2007年9月3日号(第14号)
 
・今週金曜日の放送は「貴戸理恵の不登校系トークラジオ」です。(19時~)
 →前回の放送はコチラ

・日経マガジンでオールニートニッポンが取り上げられました。(9月2日発売号)

・常野雄次郎さんがエッセイに、杉田俊介さんの「弱者暴力との抗争(前半後半)」に対する疑問を書きました。
 
今号もどうぞお楽しみ下さい!

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◆イベント
 -9月14日「雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!」開催!
 -9月9日『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』発売記念サイン会開催!
 
◆ラジオ
 -出張版ANN「フリーター労組のオールニートニッポン(仮)」第2回を配信!
 
◆エッセイ
 -巨椋修 第4回「支援者は思想・信教の“良識”を」
 -白井カツミ 第8回「昼夜逆転」
 -白井カツミ 第9回「無情」
 -赤木智弘 第6回「ハイ&ローの愉悦(その2)」
 -くまき由佳 第9回「止まらないつまづき君」
 -常野雄次郎 第5回「「弱者による暴力」に対する暴力について」
 -湯浅誠 第5回「北九州市福祉事務所長を刑事告発」
 -投稿原稿 「憂鬱から生まれた歌人」第二話
  
◆注目のニュース
 【ニート・フリーター】
 -鉄建公団訴訟控訴審・報告集会
 -県と栃木労働局が正社員の求人確保要請
 -厚労省概算要求 医師確保対策に重点 残留孤児支援355億円
 -ニート就労へ 商店街に「自立塾」 神戸・灘区
 -2年連続で全国平均超 過去最高の52.7% 県内高校生進学率
 -ニート支援の"サポステ"倍増...自治体参加で対策強化
 
 【ひきこもり】
 -夏休み明けは子どもの情緒不安定に 専門家が注意呼び掛け
 -若者の代弁者不在のJポップ~烏賀陽弘道コラム(8)
 -映画『童貞。をプロデュース』続映決定!
 -宇都宮市 若者の自立へ総合窓口
 - 【書評】無気力な女子小学生が父の恋人に憧れる話
 
 【いじめ・不登校】
 -屋久島に旅立つ少年の映画
 -〈こども 脱・いじめ〉傷つき、いじめる側に 1万3000人の声から
 -函館の集団暴行事件、被害少年は児童館の人気者(北海道)
 -武豊好きになって 町民劇団が公募作を基に来月公演
 -東部中いじめ問題 市教委の不手際認める 教育長が市議会で陳謝
 -非効率、不合理を憎む私たちが作る『累犯障害者』
 -函館集団暴行 以前からいじめが
 -小中学不登校
 
◆イベント(09/04~09/16)
 -9/5 【年長向け就コム!募集中】仲間と就活。<27~34歳対象>
 -9/8 Y-MAC 説明会・見学会
 -9/8 こうべ若者自立塾 入塾説明会
 -9/10 就職活動実践セミナー
 -9/11 ひきこもり援助論~“生き延びるためのライフプラン~
 -9/11 ベストパートナーin滋賀2007 合同就職面接会
 -9/13 新入社員フォローアップセミナー
 
◆事務局よりお知らせ
 -オールニートニッポンに原稿を載せませんか?
 -番組に遊びに来ませんか?
 -オールニートニッポンのSTAFFになりませんか?
 
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2007年09月07日

◇生放送を聴く:9月7日(金)19時~21時

第2回 貴戸理恵の不登校系トークラジオ

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今日のテーマは「不登校のその後」。スタジオゲストに常野雄次郎さん、19時40分頃からは上山和樹さんにスカイプで登場していただきます。
 
play.gif←本日の放送は終了しました。ありがとうございました!
 
【放送日時】

2007年9月7日(金)19:00~21:00

 ※19:00~21:00の時間帯だけ視聴可能です。それ以外の時間は視聴できません。

 ※放送を聞くためには「Windows Media Player」が必要です。

 ※ライブ音声が途中で止まった場合は、Windows Media Playerの再生ボタンをクリックしてください。
 
【出演者】
貴戸理恵
常野雄次郎
上山和樹
 
【ライブチャットルーム】

番組放送中、番組に対するご意見・ご質問をライブチャットでお寄せください。

(ご記入いただいた内容は番組中にご紹介する可能性があります。)

⇒⇒ コチラをクリック
 
【ご意見・ご感想用BBS】

番組放送中、BBSを開設しています。ご意見・ご感想をお寄せ下さい。

(ご記入いただいた内容は番組中にご紹介する可能性があります。)

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2007年09月08日

第2回 貴戸理恵の不登校系トークラジオ

第2回 貴戸理恵の不登校系トークラジオ
ポッドキャスト&オンデマンド版

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【テーマ】 不登校のその後

【収録日時】 2007年9月7日(金)19:00~21:00

【パーソナリティ】 貴戸理恵

【出演者】 常野雄次郎上山和樹
 
※上から順番にお聴き下さい。

Part1


Part2

Part3

Part4

Part5

2007年09月10日

レンタル空手家日記 第7回「友達を作るツール」

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第7回 友達を作るツール
 
■涼しくなってきましたね!
運動には最適の季節です。
ひっきー気味の人は、もちろん空手もおすすめですが
体を動かしてみましょう!
近くの体育館でやっている色んなスポーツ講座を見学してみたり…
ジムに行って鍛えてみたり、ヨガやストレッチのコースを体験してみたり。
朝、早起きして軽く走るクセをつけるだけで
ずいぶん毎日の気力が違ってくるものですよ!
レッツ、運動!!(労働運動にあらず)
 
■えーと、3ヶ月ぶりくらいに試合に出ることになりました。
小さな交流試合ですが。レベルは結構高いです。
もしお近くに住んでいらっしゃる方など、のぞきに来てくれると嬉しいな!
  極真西田(清武会)秋季トーナメント/茶・黒帯の部
  9月23日(日) 開会12時
  平塚アリーナ
もし応援に来てくださるという方は、メールくださいな。エントリーしてる名前が違ったりしますので~
 
■ちょっと前のことになりますが
お盆の前後に、オンリーワンクルーの前に
空手教室をやりました。
 
参加者は4人。
 
最初、庭(?)が空いていたので
アップ代わりに、走ってから体操
基本、(だいぶ技を省略して、主なやつだけやりました)
まわし蹴りの、バランスをとりながらの空蹴り
ミット蹴り。
 
休憩をはさんで、受け返し。
受け返しは、前回は真面目に道場でやるように
一挙動一挙動きちんとやっていったのだが
今回は組手のニュアンスを意識で、もっと楽しめるように
チャンバラ風や、タッチしたりをまぜながら
色んなパターンでやりました。
前回いらしてくれた、巨椋先生の稽古法を取り入れながらです。
 
以外とこれは疲れるようで、受け返しの途中休憩される方もいました。
 
最後に、ミットを僕が持って、一人1分2Rずつ、フルコンのコンビネーションで
指示しながら色々打ったり蹴ったりしてもらいました。
 
ミット打ちを楽しみにしてくれる方もいるようで
(ミットがたくさんあれば、もっとそれぞれで構えて出来るのですが)
やはり、実際の打撃稽古は取り入れていったほうがいいな、と思いました。
 
受け返しの練習では、相手が素早くて、反応が良かったりして
僕が追い詰められたりしていました~。
やるな!!
 
人それぞれ、打撃にパワーがあったり(迫力あった!)
フォームバランスが良かったり
色々違うな~と思っておもしろかったです。
 
初心者どうしとはいえ、それぞれの長所をとりいれながら
みんなで進んでいきたいですね~。
 
■…思ったことですが
やはり、自分の指導を信じて一生懸命やってくれる人たちというのは
皆さん僕より年上だったりするのですが
なんというか、嬉しいものです。
 
僕は今まで、ココロ系だったりニートだったりという人たちから
距離を置いてきました。
それは、一つには、触れ合い方がわからなかったからです。
 
傷つけないように遠慮して話していても
コミュニケーションしている、という実感は得られにくい。
それに、僕は興味を持っていても、相手は全然そうではない(自分のことにいっぱいいっぱい)ということもあります。
 
だけど、空手を一緒にやることは、なんというか、それ自体が
「相手を友達だと思えること」なのです。
 
今までずっとそうで、試合の相手も、道場仲間も、先輩も後輩も
同じ。
はっきり言って、何かあったら手助けしたいと思います。
 
傷つけないよう、うわっつらの付き合いだけでは
相手に時間と労力を割きたい、とは思えません。
僕は「ココロ系」とのコミュニケーションがはっきりいって
あまりうまくありません。
だけど、空手を通じてなら「友達」になれる。
 
だから、僕は「レンタル空手家」をはじめたのかもしれないな
と、ふと、思いました。
 
感想はこちらへmail.gif
 
いままでの「レンタル空手家日記」

2007.7.12 第1回「はじめまして、レンタル空手家です」
2007.7.20 第2回「僕が『レン空』をはじめるまで/その1」
2007.7.27 第3回「僕が「レン空」をはじめるまで/その2」
2007.7.30 第4回「ほのぼの空手教室をやってみて」
2007.8.8 第5回「劇団内、空手部~!」
2007.8.27 第6回「僕が「レン空手」をはじめるまで/その3」
 

絶望男の逆襲 第10回「人から逃げよう」

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第10回 人から逃げよう
  
3月末に[神保町小説アカデミー]が終了して4ヶ月経った。以来、すっかり人と会わなくなった。アカデミー受講中は週に2日は誰かと接していた。親しくなった受講生は特にいない。友人になれそうな人はいたが、アホらしい誤解のせいで関係が破綻した。
 
人間関係が苦手だ。学校も職場も他者と接することが苦痛で中途放棄した。10代後半からひきこもりに入った。一人部屋の窓全部に映画のポスターを貼り、外から見えないようにした。ドアをロックした。飯は親父のいない間に家族部屋で食った。夕飯は母が盆で持ってきてくれた。酔った親父に邪魔されながらも。母以外誰も部屋に入れなかった。誰かがドアを叩いたときは布団に潜り込んだ。
 
外出時。辺りを窺い、人がいないことを確認。2階から階下に素早く下りる。寮の1階に職場がある。人が通る。出口を目指して突っ走る。誰にも見つからなければいい。映画を観に行くか、映画雑誌を買いに行ける。帰宅時も同じ。人がいない隙にサッと2階に上がる。ドアをロックし、自分の世界に入る。77年から約10年間、K工業での体験。
 
小便を催した。ちょうど仕事が終わる17時頃。仕事を終えた人たちが各部屋に戻り、廊下で何やらかにやら。この寮は共同便所だ。俺の部屋から20メートル先にある。出られない。出れば人に会う。説教を食らう。嫌みな視線にさらされる。が、尿意が我慢の限界まできていた。俺は股間を両手で押さえ、人が部屋に戻るのを待った。20分。誰も戻らない。声でわかる。さらに20分。変化なし。俺はうずくまった。フルーツの空き缶を見つけた。助かった。小便を空き缶に放出した。18時半を回った。人は部屋に引っ込んだ。俺は酸っぱい匂いの空き缶を持った。共同便所の便器に黄色い水を捨てた。独り、小便臭い部屋に戻った。自分の世界に入った。
 
外に出たり、出なかったり。中途なひきこもりだった。現G団地に越して20年が経った。外出も小便もまあまあ自由にできる。が、他者との接点が見つからない。今も人が怖い。批判を恐れ、人間関係から逃げている。なのに人を欲してしまう。いや違う。本当にほしいのは居心地のいい(安全な)人間関係である。そして(何より)異性の恋人だ。叶わぬ夢か。ならば人から逃げ続けようか。
 
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
 

貧困襲来! 第6回「限界集落、地方の貧困」

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第6回 限界集落、地方の貧困
 
9月6~8日にかけて、岡山・島根・広島を回ってきた。
6日の岡山と8日の広島は依頼を受けての講演だったが、7日の島根は自分で選んだ。限界集落を訪問するためだ。
 
島根県Y地区の3つの集落を訪問した。
ショックだった。
ある集落に電気が通ったのが昭和39年。水道はなく、水は自分で300m先の山の中腹から引いてくる。
住んでいるのは81歳と73歳の老夫婦。もう農業もやっておらず、国民年金だけが唯一の収入だ。
その集落は、実質4世帯しかいない。しかも離れている。老夫婦のお宅から見える家はもう数年前に放棄され、朽ちかけている。
公共交通がない。奥さんは病院に通院しないといけないが、毎回山奥までタクシーを呼ぶ。町の病院まで行くには片道で5000円かかる。国民年金の少なからぬ部分がタクシー代で消えていく。
 
「限界集落」という言葉は、20世帯以下、高齢化率50%以上の集落に適用される。「過疎」などという言葉では表せない厳しさを示すために作られた言葉だという。
その集落の高齢化率は89%に上る。
 
私は東京で生まれ育ち、田舎というものを知らない。
車一台がようやく通れるような細い道を抜けて、山林と雑草しか生えていないような山間部の、都会とは隔絶した風景の中に、低収入で、孤立し、公共サービスから排除され、それでも身体の動くうちは自分で生きていく、と言っている同じような貧困を見るとは思わなかった。
 
行政はここでも「地域の力による活性化」「自立」を謳っているらしい。
しかし、高齢化率89%で離れ離れに4世帯しかいない集落がどうやって自力で活性化できるというのか。
市町村合併で、以前にはあったタクシー補助もなくなったという。人口が減り、放棄された耕作地が自然に戻ったために、鳥獣被害が後を絶たない。それでも、電流を流して獣を撃退する「電気ボク柵」なる装置を購入するための助成金を受けるには3戸以上で共同申請する必要がある。
それを聞いたある68歳の老人はさびしそうに笑いながら言った。「もうここでは、うちしか田んぼをやってない」。その3戸を集めようがない。
 
81歳と73歳の老夫婦のお宅を出るときに、思い切って聞いてみた。
「つかぬことをお伺いしますが、生活保護などを受ける気などはないのでしょうか?」
 
老人は、とんでもないという顔で手を振った。
どういう知識やイメージを持っているのかはわからない。しかし、自分とは無縁のもの、東京と同じくらい遠いもの、と位置づけられているのはたしかなようだった。
 
地上デジタル放送が始まれば、この家ではテレビも見られなくなるという。
いったい一日をどうやって過ごすのだろうか?
 
この人たちは、死ぬまでただただこうやって放置されていくのか。
「棄民」、ここでもこの二文字が頭に浮かんだ。
誰も生活保障を言い出さない。そうしているうちに、身体が動かなくなれば、病院や施設に入り、この集落は消滅する。
 
ある80代のご老人が言ったという。
「どうして、生れ落ちたところがたまたまここだったというだけで、こんな不便な目に遭わないといけないのか」と。
 
・・・こうした限界集落が、現在日本全体で5000近くあると言う。そして1999年から2006年までの7年間で、191の集落が消滅した。2週間に1集落のペースである。
  
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いままでの「貧困襲来」

2007.7.17 第1回「このままでは本当に殺される」
2007.7.24 第2回「日雇い派遣は貧困ビジネス」
2007.7.30 第3回「ピエロの一票。一発食らわすつもりで」
2007.8.27 第4回「労働と福祉の連携」
2007.9.03 第5回「北九州市福祉事務所長を刑事告発」
 

投稿原稿 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」

投稿原稿  「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―  藤山 隆
 
床にへばりついて、じっーっと木目をながめてもう30分くらいになる。正確には3時30分から56分までの26分間、木目を目でなぞり何もせずにまどろんでいた。うつぶせのまま顔だけ上げてステレオで時刻を確認する。
朝の4時ごろ、地方のFM局でまるまる一曲を流す番組があって、それを録音するためにテープをセットした。また今日もこんな時間まで寝れなかった。眠くなってもぎりぎりまで粘って起きているから、眠りにつくのは6時ごろ。今日も学校には行けないなと言い訳するように納得するように独りごちた。
ラジオに集中し、時報とともにRECボタンを押す。MCがなく延々と曲だけがかかり、そのどれもが自分の趣味にあっていたため重宝していた。例えばその日にかかっていた楽曲はカジヒデキ「.Geen Road」、ホフ・ディラン「欲望」、スピッツ「冷たい頬」など。
Coccoの「Raining」という曲がかかった時、この曲を最後まで録音できたことを確認し、すぐさま録音をやめ、巻き戻しボタンを押しすぐにその曲を聴きなおした。泣いたわけでも、感動を実感したわけでもなく、ただ無心でそのような行動をとりそれからその曲を何度も何度も聴いた。
 
どうしてそんなことしたのか?
 
そんなことわからないし、誰にも言う必要もない。僕には友達もいないし。いつか自分に彼女ができるなんて考えられない。
ただ何度も何度も聴いた。
 
どうして?とは僕に向かって何度も発せられた疑問で、僕はいつもそれに、うまく答えることができなかった。
どうして?
「学校に行かないの?」
「友達と仲良くできないの?」
「みんなを困らせるの?」
僕にもわからなかった。普通にしているだけなのに「調子が悪いの?」と聞かれてしまう。小学生のころは「そんなことない」と言うこともできないで、大騒ぎになって一生懸命に芝居をしなくちゃならないことが何度もあった。
「どうして、みんなを困らせるの?」
と聞かれてもわからなかった。言葉が見つからなかった。そんな質問をした人が納得しそうな言葉を一生懸命考えた。頭がじりじりして何も考えることができなくなって上履きの緑色をにらんで目の前でヒステリックに怒っている人間があきらめてくれるのを待った。家に、はやく帰してほしかった。泣きながら適当なわかりやすいことを言ったら満足したようにして解放された。
 
ある日の帰り道、越してきたばかりの新築の家の庭に生えていた南国風の大きな緑色の葉を持つ植物を引き抜きたくなった。一生懸命引き抜こうとしていると、家の人が出てきて怒られた。最後に名前とクラスを言わされて家に帰った。お前の学校の生徒は悪いことばかりして、と僕がやってもいない壁への悪戯についてまで認めさせられた。へとへとに疲れて家に帰った。その家のあばあさんは「学校には連絡するからな」とわざわざ勝ち誇った顔をしてそんなことを言った。
家に着くなり明日も怒られると思うと力がぬけて眠くなってきた。敷いてあった布団にへたりこんでまだ寝る時間でもないのに僕は寝てしまうとその日から僕は起きれなくなった。10時間時くらいからは起きたり寝たりを繰り返しながら20時間、きりがいい所までと24時間くらい平均すると寝ていた。いくらでも寝ることができた。脳がとけていく感覚が不快だったけど、何もする気になれなくなった。植物を引き抜いたことがうやむやになるくらいの月日が経った頃、久しぶりに学校に行った。
すると「なんで学校に行かないの?」とは誰も聞いてはくれなかった。
「やっぱり学校に行くのはしんどいよね。うん。」
と先生には急に優しく言われるようになった。蛇のように執拗な30女だからスネークミソジと隠れてよばれていた女の猫なぜ声に鳥肌がたった。
「つらいのに学校に来ただけでも偉いよ。」
と学級委員長には言われた。勝手に僕の気持ちがわかるようになった彼らは「なんで?」とは聞かなくなった。しんどいのに、つらいのに学校に来て偉いと言われた。
 
「つらい」だなんて。僕は一言もそんなことを伝えた覚えはなかった。
 
うんざりして、何もしたくなくって、いつも眠っていた。
ただCoccoの「Raining」をテープにとってからは寝ながらその曲を聴いてもいた。一曲が終わるとテープを巻き戻してまた聴いた。
大切な人がいなくなって、髪を切り、切るものがなくなり腕を切るほどの悲しみを抱えた女の子が、空の青さと大地の果てしなさに、泣き崩れることすらできずにいる、ただそれだけの、なんてことのない歌。
どうして?空が青いくらいで、泣くことすらできなかったのだろう。それは僕にはわからない。腕を切るほどの悲しみなど知らない僕が、この曲を簡単にわかったりはできなかった。でも、それでもこの曲をいいなぁと思った。きっと、この歌に「こんな悲しいことがあって、髪を切って、腕を切りました」といった説明は必要なくって。ただ、悲しかったのに、天気がよくって、大地が果てしなさを感じて、泣くことさえできない。その描写だけがあればよかった。天気のよさに、悲しむことすらかなわないこと。女の子が髪の毛や腕を切るに至った過程を想像することは、痛みを伴うけれど、なぜか救われもした。
 
と、同時にもしかしたらという気持ちが僕に芽生えた。もしかしたら。
 
僕と同じような気持ちでこの曲を聴いている人がこの世界のどこかにいるのではないか。最初は弱い願望だった、それ。けれど強くイメージを繰り返すうち確信へと変わっていった何の根拠もないただの思い。きっといるはずの誰か。ずっとその人に向かって、それをどうやって伝えようか考えて、推敲して、何度も何度も繰り返した。いつかどこかでその誰かに出会うことができたら。絶望すらすることのできない青い空のイメージを伝えてみたいと僕は思った。
 
感想はこちらへmail.gif
 
いままでの投稿原稿

2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27  「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」
2007.9.3 「憂鬱から生まれた歌人」第二話

9月14日 『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』出版記念イベント開催のお知らせ

9月14日 『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』出版記念イベント
雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!
  
秋だ!ニートだ!生きさせろ!雨宮処凛のオールニートニッポン、出版記念イベント!昨年10月から始まったニートのためのインターネットラジオ「雨宮処凛のオールニートニッポン」が大好評につき、祥伝社新書より本になりました。記念すべき書籍化を祝って、これまでの出演者が大集合します。「こわれ者の祭典」月乃光司が新作を披露し、プロデューサー山本が謎のビジネスモデルを暴露!パーソナリティ雨宮処凛も番組スタッフ(ニート軍団)への本音を吐露!そして、若者たちの権利をめぐる戦いの最新レポートも。フリーターもニートも貧乏も闘ってるぞ! 衝撃の事実がここに……。ぜひ皆さま、万障お繰り合わせの上、ご参加くださいませ!
 
【日時】 2007年9月14日(金) Open 18:30 / Start 19:00
 
【会場】 新宿ロフトプラスワン
 
【出演】 雨宮処凛(作家)、梶屋大輔(フリーター全般労働組合)、今野晴貴(POSSE)、杉田俊介(有限責任事業組合フリーターズフリー)、月乃光司(こわれ者の祭典)、松本哉(貧乏人大反乱集団・高円寺ニート組合素人の乱)、山本繁(オールニートニッポン)、湯浅誠(もやい)、ほか
 
【プログラム】

■第1部(19:00~20:00)
 テーマ:反貧困―労働生存運動の最前線
 キーワード:告発、グッドウィル、労働手帳など
 
■第2部(20:10~21:10)
 テーマ:メンヘル―病人と貧乏人で革命を!
 キーワード:メンヘル、パフォーマンス、革命など
 
■第3部(21:20~22:30)
 テーマ:今後の作戦会議
 
■打ち上げ(23:00~別会場にて!)
 
【定員】 150名
 
【料金】 前売り\1500/当日\1800円(ともに飲食代別)
 
【URL】 http://www.allneetnippon.jp/
 
【事前申込(前売り扱い、当日精算になります)】
○件名「9/14 オールニートニッポンSUPER参加希望」
 ※申込み締切り:9月14日(金)AM10時まで
 ※下記に必要事項をご記入の上、ann-entry@kotolier.org 宛にメールをお送りください。
 
○問い合わせ先:ann@kotolier.org
 ※お名前、メールアドレス、問い合わせ内容を明記してください。
 
――――――――――――申し込みフォーマット――――――――――――

■ お名前:
■ 所属(学生は大学および学部・学年など):
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NPOコトバノアトリエ「オールニートニッポン事務局」
担当:小穴、松浦
〒113-0033 東京都文京区本郷1-14-8 丸山ビル5B
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●過去のイベントの様子 2007.8.10
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●過去のイベントの様子 2007.2.23
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今日のオールニートニッポン 2007年9月10日号(第15号)

2007年9月10日号(第15号)
 
・今週金曜日はいよいよ「雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!」です!
 →参加者募集中!詳しくはコチラ
 
・14日は放送もスペシャルverでお送り致します!
 
日経トレンディ10月号(9/4発売)でオールニートニッポンが取り上げられました。
 
・『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』出版記念サイン会が無事終了しました!
(9月9日14時~、渋谷ブックファースト特設会場にて)

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今号もどうぞお楽しみ下さい!

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◆ラジオ
 -第2回「貴戸理恵の不登校系トークラジオ」ポッドキャスト&オンデマンド版を配信!
 
◆エッセイ
 -白井カツミ 第10回「人から逃げよう」
 -湯浅誠 第6回「限界集落、地方の貧困」
 -遠藤一 第7回「友達を作るツール」
 -投稿原稿 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」
  
◆注目のニュース
 【ニート・フリーター】
 -公約の都民税減免は見送り 石原都知事「方向転換」
 -ニート対象にタイでワークキャンプ
 
 【ひきこもり】
 -高槻オレンジの会…引きこもり 悩みを共有
 -広島の若者交流館 ニート脱出の下支えに
 -勉強などに意欲的になってくれない息子
 
 【いじめ・不登校】
 -ゲイ・バイセクシュアル男性、14%が自殺未遂経験
 -居場所づくりや条例策定 筑前町、いじめ防止で指針
 -いじめの認知、見直しで増加
 
◆イベント(09/11~09/23)
 -9/11 ひきこもり援助論~“生き延びるためのライフプラン~
 -9/11 ベストパートナーin滋賀2007 合同就職面接会
 -9/13 新入社員フォローアップセミナー
 -9/14 雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!
 
◆事務局よりお知らせ
 -オールニートニッポンに原稿を載せませんか?
 -番組に遊びに来ませんか?
 -オールニートニッポンのSTAFFになりませんか?
 
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2007年09月13日

ゲームあふるる国に生まれて 第7回「ドラゴンクエストと大人になること」

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第7回 ドラゴンクエストと大人になること
 
 私にとってのドラゴンクエスト(以下DQ)とは、おおむねの人のガンダムがファースト、Z、ZZあたりで終わっているように、1、2、3のいわゆる「ロト三部作」で終わっている。
 
 その後も6を除いてプレイはしているのだが、内容についてサッパリ覚えていない。4、5、7はおもしろかった記憶はあるんだけど、ストーリーラインをさっぱり忘れており、8はさすがに最近のプレイなので忘れてはいないものの、クイズマジックアカデミーで「DQ8に出てくる、馬に姿を変えられてしまったお姫様の名前は?」という問題に答えられないレベル。あ、7は最初の戦闘までがやたら長かったなぁ。
 
 で、私が最初にDQに出会ったのは、近所にあったファミコンカセットを揃えていて、20分100円ぐらいでプレイできる店で、他のひとがプレイしているのを見て「ああ、これがRPGか。大人びててカッコいいな」と思ったのが最初です。
 
 RPGという分野については、「外国でウィザードリィっていうゲームがApple2っていうマシーンでプレイできる」というのは知っていたので、高嶺の花として、憧れの対象だったのです。
 
 だから、当時の私がDQにハマったのは「子どものちょっとした背伸び」意識からでした。
 
 そのあと、2、3と発売され、それが私が小学生の頃。これが4が発売される頃になると1990年で、もう14歳ですから、もうそんなにソフト一本にハマるということは無くなっていました。年齢が上がったのもそうですが、DQ3がインテリ層に持ちあげられたりしたために、一般層に広く浸透し、もはやそこに「自分だけが知っている大人のTVゲーム」という背伸びの魅力は無くなっていたのです。
 
 私や、同じ世代の男性にとって、TVゲームが決して単なる遊びでないのは、黎明期であった家庭用ゲームソフトの一本一本と、私たちの成長物語が密接しているからです。DQにかかわった人の多くが、DQにまつわる成長の思い出をなにかしら持っているのではないでしょうか。
 
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これまでの「ゲームあふるる国に生まれて」

2007.7.17 第1回「あの頃のゲームセンター」
2007.7.25 第2回「レイトン教授の体操」
2007.8.3 第3回「「オンライン対戦」によって脚光を浴びた、「あの」ジャンル(その1)」
2007.8.28 第4回「「オンライン対戦」によって脚光を浴びた、「あの」ジャンル(その2)」
2007.8.28 第5回「ハイ&ローの愉悦(その1)」
2007.9.3 第6回「ハイ&ローの愉悦(その2)」

名前はまだ無い 第5回「「ひきこもり」支援・雑感(その1)」

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名前はまだ無い 第5回「ひきこもり」支援・雑感(その1)
 
ご無沙汰しております。
気づけば9月も半ば近く。時間の過ぎ去る速さに唖然としてしまいます。
 
さて。今日は「ひきこもり」支援の話などしてみようと思います。
これまで支援についてはノータッチでいたのですが、
ここ1ヶ月ほど、都内の若年層の自立支援に関わるNPO団体を回っていて、
日ごろ感じていたことも含めて徐々に言葉が溜まってきました。
ちゃんと形にするにはもう少し時間がかかりそうですが、今日は少しだけ。
 
今回の団体調査は頼まれ仕事なので「行ってこーい」と指示された団体を訪問しているのですが、
これがなかなか面白い。というのも、自分じゃ絶対行かないようなところに行けるから。
一応ターゲットは「ひきこもり」もしくは「ニート」の支援を行なっている団体なんですが、
それに特化している団体はほとんどなくて、
たとえば、その団体の主催するキャンプや研修などのイベントの参加者に若年層も一部含まれているとか、
その程度(というのも失礼な言い方ですが)のところにお邪魔しています。
で、だからこそ面白いし、勉強にもなる。
 
まずは素朴に、面白い活動をやっている団体はたくさんあるんだなー、と思いました。
それに続けて、もったいないなー、というふうにも思いました。
私の場合どうしても「ひきこもり」関連の団体に目が向いてしまうのですが、
“お隣”でこんなにも多くの興味深い団体が活動していたことを知る機会がないまま今まで来てしまったので。
そしてまた「ひきこもり」支援にとっても、もったいないことをしているのかなと思いました。
じゃあ、どうもったいないのか。
社会との接点を持てない人たちを支えるのは
「ひきこもり」関連団体だけじゃなくてもいいじゃないか、ということです。
 
現在「ひきこもり」の支援は、おそらく三段構えくらいで行なわれているのではないかと思います。
(私自身はこういう段階的な支援のあり方には距離をとっているんですけども、それはまた別の機会に)
 ①家族以外の対人関係を取り戻すこと(ひきこもっている状態を抜け出すこと)
 ②いわゆる「居場所」で対人関係の充実・安定、自尊心の回復などを図ること
 ③就業して安定的に収入を得られるようになること
そして、今述べた「もったいない」という感覚は②と③に関連してきます。
 
いろいろな見方ができますが、最終到達点はいつも③に置かれていて、
ひきこもっているところからそこへの中間地点として①や②が設定されている、
と見ることもできると思います。
③はハードルがあまりにも高く、ここを跳べるようになるために
まずは①と②を跳べるようになろうと、それで慣れさせようと、そういうことでしょう。
で、①から②へのハードルも決して低くはないと思うのですが、
このところ問題になっているのは、やはり②から③へのハードルだと思います。
 
ここで冒頭のNPO調査に話が戻るのですが、
②と③の間にもっとグラデーションがあってよいはずだし、
直接的に「ひきこもり」や「ニート」の支援を行なっているのではないけれども、
若年層も参加できるような活動を行なっている幅広い団体(NPOに限らず)は
その一つになりえるのではないだろうか、ということを漠然と感じたわけです。
次回はこのあたりのことを、もう少し詳しく書いてみたいと思います。
 
以下、予告のようなもの。
 
■「ひきこもり」コミュニティの“外”には職業社会しかないのか?
■「ひきこもり」コミュニティ内部の純度が高まることへのある懸念
 
→つづく
  
感想はこちらへmail.gif
 
いままでの「名前はまだ無い」

2007.7.18 第1回「にがてなもの」
2007.7.27 第2回「身もフタもない」
2007.8.3 第3回「「ひきこもり」原因論・雑感(1)」
2007.8.27 第4回「「ひきこもり」原因論・雑感(2)」

オグラオサムのタブーなお話し 第5回「損をするのは誰か?」

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第5回 損をするのは誰か?
 
『不登校・ひきこもり・ニート』において、もっとも“損”をするのは誰か?
 
本人?
 
う~ん、必ずしもそうであるとは言い切れないなあ。まあ本人の価値観・人生観なんかもあるだろうし……
 
親?
 
まあ、親が子どもを学校に通わせるのは一種の投資であるわけで、より有利に生きていく手段として、わが子を学校に通わせるともいえるからね。確かに世の中は、高学歴である方が、就職、高収入を得る、結婚、育児に有利であるというのは事実ではあるけど……
 
でも、もっと損をする人がいるんだよ。
 
誰か?
 
それは『不登校・ひきこもり・ニート』以外の人々です。
 
あるいは、その集団である国家や行政である。
 
なぜか?
 
まず、近代における【学校制度】というのは、国家が国家を富ますために行っている教育制度であるからです。
 
近代以前、例えば日本だと明治以前の教育というのは、各家族や本人にまかされていた。ある意味、教育は“自己責任”であったんだ。
 
「武士の子どもは【藩校】に行ったではないか」という人もいるかも知れないけど、藩校は義務教育ではない。
 
日本を治めていた江戸幕府(徳川幕府)は【藩校】すら持ってなかった。幕府のサムライであるところの旗本なんていうのは私塾に通って学問を身につけた。
 
私塾に通わなかったり、親などから教育を受けない場合、武士であろうとも当然、学問は身につかない。幕末の英雄である勝海舟の両親などは、幕府の御家人(ごけにん)であるにも関わらず、ほとんど文盲であった。
 
商人や百姓の子どもは【寺子屋】などに通ったけど、それも別に幕府や藩に【義務】として【行かなければならない】なんてもんじゃなかった。
(もっとも、この時代の日本には【義務】だの【権利】だのといった思想は無かったんだけどね)
 
しかし日本の場合、義務などではなくても、ほとんどの子どもは私塾や寺子屋に通った。貧しい農民でも、その多くが“読み書きそろばん”ができたという。
 
なぜか?
 
わが子を私塾や寺子屋に通わせることで、その子の将来が有利になるからである。
 
そこには「江戸幕府のため」「町や村のため」という集団利益のためという考えは、あまりなかったみたいなんだよ。せいぜい、大店(おおだな)の商家が丁稚(でっち)など、預かった子弟を寺子屋に通わせるくらいだったらしい。これは、商売をやるうえで、お店のものが読み書きやそろばんができないと不便だし、損につながるからだね。
 
それが江戸幕府が倒れ、明治政府ができたとき政府は【近代国家・国民国家】となるために、学校制度をつくり、【教育の義務】【労働の義務】【納税の義務】【兵役の義務】を国民に要求することになる。
 
ちなみに、江戸時代では農民にこそ年貢(ねんぐ)という税金があったけど、その他の身分には無かったんです。
 
さらに、江戸時代だと日本人にとって【国民】や【国家】という思想や意識はなくて、明治時代になってからそういった意識ができたってわけだ。
 
日本にはそうしないといけない理由があって、その頃アジアは欧米諸国に続々と植民地化されていたわけで、おとなりの清国(中国)なんてヨーロッパから散々に侵略され踏みにじられていたくらいだから、日本は一日も早く近代国家として【富国強兵】しなければ、いつ欧米列強に植民地化されるかわからないという恐怖にさいなまれていたんだね。
  
さてここでまた疑問がおこる。近代国家とはなにか?
 
いろいろな表現があるけど、取りあえずここでは欧米のキリスト教文化圏であるアメリカ独立戦争や、フランス革命などから生まれた国民国家ということにしておこうか。
 
国民の国家だから、これまで武士階級(ヨーロッパだと貴族階級)が行っていた戦争や政治も、国民が【参加しなければいけない】国家ということね。
 
言い方をかえれば【国民が戦争や政治に参加する義務と権利がある国家】とも言えるかもしれない。
 
さて、ここに『不登校・ひきこもり・ニート』が“悪とされる”萌芽が生まれる。
 
なぜか?
 
近代国家は、近代資本主義国家でもあり、近代民主主義国家でもある。
 
近代民主主義国家は【自由と平等】というタテマエを持っているのね。この【自由と平等】というのは【法律に保障された自由】と【神からみた人間の平等】です。
 
神とはキリスト教の神のことね。さてこのキリスト教の原理のひとつ、特にプロテスタントの原理のひとつに
 
「働かざる者食うべからず」
 
という言葉がある。
 
これは新約聖書のテサロニケ人への第二の手紙 3章 10節にある「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」という言葉からきているんだけど、この言葉が近代資本主義国家、近代民主主義国家に利用されます。
 
つまり、近代以前では「働くこと」=「神聖なこと」ではなかった。
 
「働かない」=「怠惰である」とも考えられてはいなかったんだよ。
 
むしろ「働くこと(労働)」=「身分の低い者がやる卑しいこと」
 
という思想が、洋の東西を問わずあった。
 
それが、近代国家が誕生すると国民は学校にいって【国家・国民と自分のための教育】を受けるようになる。
 
それまでは、学校(私塾・寺子屋)へ行こうが行くまいが【自己責任】であったんだよ。それが【社会・国家の責任】になったのな。
 
前近代であった時代は、ひきこもりであろうとニートであろうと【家の責任か自己責任】であったのが【社会・国家の責任】となったわけだ。
 
なぜならば、近代国家になることによって義務と権利が生まれ【教育の義務と権利】【労働の義務と権利】【納税の義務と権利】【兵役の義務と権利】が、国民の義務と権利になったから。
 
前近代だと【教育は自己責任】【納税は農民】【兵役は武士かアルバイトの雑兵】であったのが、国家と社会の義務と権利になっちゃった。
 
【労働の義務】なんて前近代にはなかった。働かない人でも食べていける人はそれでいいし、食べていけない人は朽ちていくだけのことだった。
(救済システムがまったくなかったわけじゃない。飢饉のときは『お助け小屋』が開かれたり、浮浪者になれば『非人』という身分組織に、強制的に入れられた)
 
それが近代国家になると、国民を管理する責任は国家や社会にあり、『不登校・ひきこもり・ニート』が出てくると、一番損をするのは、国家や社会、その他働いて納税している人をということになったちゃったんだよね。
 
もっとも、近代資本主義国家、近代民主主義国家は、明治大正昭和初期までは、それほど日本に根付いていたわけじゃない。つまりその時代は、『不登校・ひきこもり・ニート』に対して、国家も社会もそれほど攻撃的であったわけはない。
 
農村とかでは、農繁期に学校に行かない児童生徒は当たり前にいたし、商家や職人の子どもだって、親の仕事を手伝うために学校に行かない子どもなども多く、その子やその親を責める人も周囲には、ほとんどいなかったであろう。
 
また、いつの時代にも働かない若者がいたが、いまの時代のように『社会や国家がそれらを社会問題とし、社会や国家がそれらの若者を【介入】しなければ……と考えることもなかった。
 
まだ「働かざる者食うべからず」の思想は、それほど根付いていなかったといえるね。
 
そうなってくるのは、太平洋戦争後からと言える。戦後民主主義の時代ってヤツだね。
 
戦後【兵役の義務】からはまぬがれたけど、【労働の義務と権利】【納税の義務と権利】【教育の義務と権利】は、どんどん根付いてくるようになった。
 
それまで農業とか個人商店が多かった国民が、どんどんサラリーマンになっていき、子どもは「学校に行くのが当たり前」になってくる。
 
大人は、親の家業を継ぐというより、いい学校を出ていい企業へ就職するという形ができあがってくる。国民は、義務だけではなく、組合などを作って権利も主張するようになる。
 
それまで、学校へ行くのも、なんらかの仕事に就くのも“家か自分の責任”であったのが、“国家や社会の責任”になってくる。
 
その考えが強くなると『不登校・ひきこもり・ニート』が社会的に問題視されるようになる。
 
まだ戦後の“戦争特需”や、道路等へ大量の設備投資をすることで、経済が高度成長していた時代は国民に夢があり、また仕事もふんだんにあった。
 
しかしそれが途切れはじめると『不登校・ひきこもり・ニート』という問題が噴出する。
 
『不登校・ひきこもり・ニート』が【悪】と思われるようになったんだね。
 
なぜならば、【教育の義務】【労働の義務】【納税の義務】を放棄する人は、この近代国家社会に貢献していないばかりか、権利のみを要求する人たちと思われるようになったからだ。
 
つまり、まじめに働いて納税をやっている人、国民の義務をはたしている人からみれば、
自分たちの血税を、ただで使っているだけにしかうつらないからなんだよ。
 
長くなるので、くわしく述べきれないところもあるのだけど、これが『不登校・ひきこもり・ニート』への迫害の歴史と、国民感情の一部であることには、大きな間違いはないと思う。
 
いま『不登校・ひきこもり・ニート』に苦しんでいる人がいるとすれば、いまの体制や現状を逆に利用して、とにかく“したたかに”に生きてほしいと思うね。
 
もう、したたかに、したたかに……ね。
 
感想はこちらへmail.gif
 
いままでの「オグラオサムのタブーなお話し」

2007.7.13 第1回「ちょっとヘンだよ不登校業界」
2007.7.19 第2回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その1」
2007.7.30 第3回「不登校・ひきこもりの凶悪事件 その2」
2007.9.3 第4回「支援者は思想・信教の“良識”を」

2007年09月14日

今日のオールニートニッポン 2007年9月14日号(第16号)

2007年9月14日号(第16号)
 
・いよいよ本日「雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!」開催です!
 →当日券あり! 詳しくはコチラ
 
今号もどうぞお楽しみ下さい!

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◆ラジオ
 -「雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!」本日放送!
 
◆エッセイ
 -巨椋修 第5回「損をするのは誰か?」
 -石川良子 第5回「「ひきこもり」支援・雑感(その1)」
 -赤木智弘 第7回「ドラゴンクエストと大人になること」
  
◆注目のニュース
 【ニート・フリーター】
 -忘れないでほしい「就職氷河期世代」の就職支援
 -ニート就労支援「こうべ若者自立塾」開所 灘区
 -とちぎボランティアネットが厚労大臣表彰
 
 【ひきこもり】
 -神戸市教委のネットを活用した不登校対策に参加者ゼロ(兵庫) 
 -中越沖地震
 
 【いじめ・不登校】
 -不登校未然防止へ対策会議
 -いじめ相談が急増 子ども人権110番
 -中1いじめ自殺に見舞金 愛媛・今治、新基準で
 
◆イベント(09/15~09/23)
 -9/19 「月乃光司&脳性マヒブラザーズトークLIVE」(新潟)
 -9/27 秋の合同面接会
 -9/28 ユメックス主催の就職・転職フェア「合同企業説明会」
 
◆事務局よりお知らせ
 -オールニートニッポンに原稿を載せませんか?
 -番組に遊びに来ませんか?
 -オールニートニッポンのSTAFFになりませんか?
 
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2007年09月15日

雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!

雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!
ポッドキャスト&オンデマンド版
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【収録日時】 2007年9月14日(金) 19:00~22:30
 
【会場】 新宿ロフトプラスワン
 
【プログラム】

・第1部(19:00~20:00)
テーマ:反貧困―労働生存運動の最前線
キーワード:告発、労働手帳、安部再チャレンジ、総理辞任
出演者:雨宮処凛今野晴貴杉田俊介松本哉山本繁湯浅誠
 
・第2部(20:10~21:10)
テーマ:メンヘル―病人と貧乏人で革命を!
キーワード:メンヘル、恋愛、パフォーマンス、革命
出演者:雨宮処凛、杉田俊介、月乃光司×タダフジカ、夏目涼介古澤克大、松本哉、山本繁
 
・第3部(21:20~22:30)
テーマ:今後の作戦会議
出演者:雨宮処凛、梶屋大輔、今野晴貴、杉田俊介、月乃光司、松本哉、山本繁
 
part1


part2

part3

2007年09月19日

【出張版オールニートニッポン】 GALセラピーお悩み相談室 第2回

【出張版オールニートニッポン】 
GALセラピーお悩み相談室 第2回 
ポッドキャスト&オンデマンド版
 
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こんにちは! 「GALセラピーお悩み相談室」、約1か月ぶりの配信です!
 
残暑厳しい中、GAL先生のみなさまに『聖地』渋谷にお集まりいただき、収録いたしました。
GALというと夏のイメージが強いですが、先生方はやっぱりおしゃれです。
先生ご自身のファッションについても語っていただきましたので、ぜひ参考にしてください!
 
今回のトークのテーマは、「ギャル流友達の作り方」「渋谷の歩き方」です。
お悩み相談フリーター・ニート・引きこもり編では人見知りする営業マン、KYで悩む若者からの悩みに、
お悩み相談ギャル編では「ギャルになりたい」という女子高生からの悩みにお答えいただきました。
 
先生方がゲスト参加された福島のイベントの楽しいお話から、深刻ないじめのお話まで、
幅広い本音トークがいっぱいです。どうぞお楽しみください!!
 

【収録日時】 2007年8月27日(木) 18:00~
 
【番組内容】
・トーク「ギャル流友達の作り方」「渋谷の歩き方」
・お悩み相談フリーター編  人見知りする営業マン(25歳・男性)、KYといわれ悩む若者(19歳・男性)
・お悩み相談ギャル編  ギャルになりたい女子高生
 
【出演者】 京子先生、ゆかたん先生、なななっつ先生、あゆみ先生、小穴哲至(司会)
先生方の会社、株式会社グラングリッターの公式HPはこちら
 
※上から順番にお聴き下さい。
※一部聴きとりにくい箇所があります。ご了承ください。

part1


part2


part3


2007年09月20日

◇生放送を聴く:9月21日(金)19時~21時

生きづらさ界のカリスマ?齋藤初男プレゼンツ!!
「生きづらさライオット~生きづらくて何が悪い!~」

 
本日は2007年8月25日に新宿ロフトプラスワンで行われた齋藤初男プレゼンツ「生きづらさライオット~生きづらくて何が悪い!~」の模様を小穴哲至の解説付きでお送りいたします!!
 
『ひきこもり、ニート、不登校、メンヘル、リスカ、自殺未遂etc…、 OiOi!!どうしてこんなに生きづらいの!?負け組だ、貧乏だ、仕事できない、金もない、モテない、友達いない、そんなに俺が悪いのか~!?いや、こんな生きづらい世の中のほうが狂っているに決まってる!今こそ、世の中に怒りをぶつけようじゃないか!これは、暴動だ!!生きづらい人、全員集合!!』
 
play.gif←本日の放送は終了しました。(次回の放送は23日19時~の予定です。)
 
【放送日時】

2007年9月21日(金)19:00~21:00

 ※19:00~21:00の時間帯だけ視聴可能です。それ以外の時間は視聴できません。
 ※放送を聞くためには「Windows Media Player」が必要です。
 ※ライブ音声が途中で止まった場合は、Windows Media Playerの再生ボタンをクリックしてください。
 
【出演者】

雨宮処凛(作家)

三上寛(日本フォーク史上最強の過激派!)

ピンキー青木(元ファントムギフト)

月乃光司(こわれ者の祭典

小穴哲至(オールニートニッポン ディレクター)

市野善也(『ひきこもりの社会理論』著者)

齋藤初男(生きづらさライオット主催者)
 
【ライブチャットルーム】

番組放送中、番組に対するご意見・ご質問をライブチャットでお寄せください。

(ご記入いただいた内容は番組中にご紹介する可能性があります。)

⇒⇒ コチラをクリック
 
【ご意見・ご感想用BBS】

番組放送中、BBSを開設しています。ご意見・ご感想をお寄せ下さい。

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※第3回「オキタリュウイチ”生きテク”ラジオ」は2007年9月23日(日)19:00~21:00に延期となりました。

第3回 オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ

自殺ZEROキャンペーンを仕掛けるオキタリュウイチによるポジなラジオ「オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ」。今回のゲストは、テレビ東京で毎週木曜深夜2:15より放送のアニメ『鋼鉄三国志』のオープニング曲を歌っていらっしゃるバンド camino のボーカル HAYATO さんです!19時より放送。どうかお聴き逃しなく!!
 
【放送日時】 2007年9月23日(日)19:00~21:00

【出演者】 オキタリュウイチ(クリエイティブディレクター)、HAYATOさん(camino
 
感想はこちらへmail.gif

2007年09月23日

◇生放送を聴く:9月23日(日)19時~21時

第3回 オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ

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自殺ZEROキャンペーンを仕掛けるオキタリュウイチによるポジなラジオ「オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ」。今回のゲストは、テレビ東京で毎週木曜深夜2:15より放送のアニメ『鋼鉄三国志』のオープニング曲を歌っていらっしゃるバンド camino のボーカル HAYATO さんです! 本日19時より生放送。どうぞお聴き逃しなく!!
 
play.gif←本日の放送は終了しました。(次回の放送は28日19時~の予定です。)
 
【放送日時】

2007年9月23日(日)19:00~21:00

 ※19:00~21:00の時間帯だけ視聴可能です。それ以外の時間は視聴できません。

 ※放送を聞くためには「Windows Media Player」が必要です。

 ※ライブ音声が途中で止まった場合は、Windows Media Playerの再生ボタンをクリックしてください。
 
【出演者】

オキタリュウイチ(クリエイティブディレクター)、HAYATOさん(camino
 
【ライブチャットルーム】

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2007年09月25日

絶望男の逆襲 第11回「欝屈」

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第11回 欝屈
 
頬に当たる風が生ぬるい。多分に湿気を含んでいる。涼しいようでまだ暑い。曖昧な気候だ。9月も中頃を過ぎようとしている。
 
変わらない。何も変わらない。これまで『絶望男』のプロセスをなるべく具体的に描写してきた(読者に理解してもらうなら抽象的な理論ではダメだ)。過去の体験を語ることは苦痛を伴う作業だ。同時に弟とのことやクレジットカード無効の件など今の現実も書いてきた。かなり痛い。作家への可能性をこのブログで模索した。変わりたいと願った。楽になりたかった。だが、現実は秋直前の生ぬるい風と似ている。小さな幸せが見えない。
 
映画だ。映画だけが俺の心に安らぎを与え、先の見えない孤独な人生を一時、忘れさせてくれる。映画館に行き、DVDで映画を観る行為は現実逃避でもある。この9月は『タクシードライバー』が公開されて31年目に当たる。76年の公開時に観たときはドタマをカチ割られた。主人公のトラヴィス・ビックルの欝屈した心情に感じ入ったのだ。大都市ニューヨークのなかで彼は疎外感に苦悩する。“神の孤独な男”は人生に一発逆転を望み、行動を起こす。大統領候補暗殺を企てるが失敗。方向転換した彼は12歳の少女売春婦を救う。自らも血まみれになりながら3人の敵を銃で殺した。強烈なヴァイオレンスショットに心が震えた。トラヴィスの魂の暗部に自分が重なった。そのとき以来、俺は“トラヴィス”を心に宿した。
 
31年が過ぎた。時間は残酷だ。俺はトラヴィスにはなれず、45歳の肉体だけが残った。作家への道も遠のいた。この世に自分の生きた証しを刻みたかった。
 
過日、AANのイベントが新宿であった(らしい)。AANには俺も関わっている。だが、呼ばれなかった。カネないし、語る側でなければ。語る側?自意識過剰だ。俺にそんな価値はない(のか?)。わからない。田口ランディのエッセイによく表れる。「わからない」。わかったふりをせず、物事に疑問をぶつけることで学び、判断を避ける。それは同時に物事の本質を見ることにつながる。そんな意味かもしれない。
 
今の俺は焦れている。AANの仲間の輪の外にいる。見捨てられたのだろうか。わからない。俺は社会からも見捨てられている。何も悪いことはしていない。無職は罪か。ただ、マジメすぎる。自己主張もしない(というより自己主張する場がない)。創造しない。
 
俺の苦悩。それは創造性の欠如だ。何かを創ることこそ喜びだと思う。創造物を世に発表できること。さらに創造することで生活できれば大きな幸せになる。俺の夢だ。
 
AANに可能性のかけらが見えた。俺は目立ちたいわけじゃない。媒体に名を売ることで作家へのきっかけをつかみたい。好きな仕事をする。自分で稼ぐ。自分の面倒を自分で見る。つまりは生存をかけた白井の40代最後の戦いだ。まだ先は見えていない。
  
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
 

絶望男の逆襲 第12回「願わくば」

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第12回 願わくば
 
ほぼ毎日ダイエーに行く。午前中に買い物を済ます。午後の時間を空けるために。行きは歩く。約40分の距離を。夏は汗だくになる。帰りはバスだ。荷物を両手に持ったまま歩くのはさすがにしんどい。精神障害者用の特別乗車券がある。バスはタダだ。歩く理由は健康のため。3年半、続けている。
 
歩くと様々な人とすれ違う。午前なので、女性や老人が多い。若い主婦や女子校生も歩いている。俺の前を脚にピッチリ密着したジーンズの女性が歩いている。ケツと脚に目が行く。太股がそそる。ジックリ見ていたいがそうもいかない。帰りのバス。隣の座席に高校生同士のカップルが来た。盛んに喋り合う。いちゃつきから目をそらし、無視しようと頭のなかで何か考える。窓から外を見る。ミニスカの女子校生が闊歩している。日常風景にすぎない。だが、カップルにムカつき、女子校生に欲情する自分がそこにいる。
 
45年間1度も恋人を得たことがない。異性と性的快楽を目的に触れ合った場所は性風俗。20代後半の約3年間、仕事で得た金で行った。その前後の人生で異性との触れ合いは皆無。キスの仕方も知らない。性的処理はオナニーのみだ。
 
中学生の頃、SM写真集を買った。両親に見つからないないよう押し入れに隠した。誰もいない合間に見た。女性が縛られる姿に異様な興奮を覚えた。ふつうのエロ雑誌もずいぶん見たが、SMは自分のなかで特別な位置にあった。実行できないだけに余計に妄想をかきたてた。
 
現実はSMとは違う。所詮、妄想だ。20代前半のある日、銀座で映画を観た。終わって山野楽器に寄った。2階にチケット売り場があり、ガラスケースに当時好きだったマンハッタン・トランスファーのライヴのチケットがあった。女性店員が2人いた。俺はチケットが幾らで座席はどこら辺か知りたかった。だが、店員に声をかけられない。声をかけようと思うと動悸が激しくなり、汗が吹き出した。女性が怖い。俺は1階に行ったり、売り場の前をうろついた。女性店員が不審そうに俺を見る。近づけない。だが、チケットはほしい。意を決した。女性店員が後ろを向いた瞬間、肩を軽く触れる程度に叩いた。店員は奥にサッと走った。逃げたのだ。もう1人が逃げた店員をかばうように俺に近づき、用を聞いた。チケットのことはわからなかった。話などできない。そこを急ぎ足で去った。店から外に。歩いている間、惨めさに涙が溢れた。有楽町まで走った。さらに動悸が激しくなった。
 
小学3年の頃、学校で女の子数人にいじめられた。怖かった。いじめは存在の拒絶だ。以来、ずっと拒絶への怖れを異性に抱いている。“女は俺を拒む”という思い込み。それは自分の自信の無さの表れかもしれない。俺の人生には母親以外の異性が存在しない。友人、知人はいても恋愛とは無縁だ。1度でも恋愛目的の恋人を得たら変わるかもしれない。それは母親からの脱却にもつながる。一人立ちへのきっかけになる。そうなりたい。願わくば。
  
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.27 第6回「人間のクズ」
2007.8.27 第7回「登校拒否」
2007.9.3 第8回「昼夜逆転」
2007.9.3 第9回「無常」
2007.9.10 第10回「人から逃げよう」
2007.9.25 第11回「欝屈」
 

共産主義、入門中 第6回「映画『こぼれる月』」

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第6回 映画『こぼれる月』
 
 坂牧良太監督の『こぼれる月』が、GyaOというサイトで見れるようになっている(10月27日まで)。精神的な問題を抱えている(抱えていた)四人の若者が登場する映画である(以下、ちょっとだけネタバレがあります)。
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0031510/
 
 映画の冒頭に、強迫神経症とパニック障害の説明が映し出される。こんな感じだ。


強迫神経症
つまらぬ考えや、感情などが頭にこびりついて、抑えようとしても不可能な症状を主とする神経症。また、頭にこびりついた考えを振り払うために、意味なく何回も手を洗ったり、歯を磨いたり、同じ場所を往復するなどの行動をおこす。これを強迫行動という。

 これを見て、精神病についての啓発映画でも始まるのかと思ってしまった。しかし実際に最後まで見てみると、強迫神経症などの「典型例」をわかりやすく提示しようなどという映画ではないことがわかる。
 
 むしろこの映画の特徴は、「わからなさ」にこそあると思う。この映画を見ても、「パニック障害とはこういうものだ」などと「理解」したり、「PTSDにはこのような対応が求められる」といったような「教訓」を引き出すことは難しいだろう。
 
 また、なぜ病気になったのかという「原因」も、レイプ被害との関連が示唆されている女性を例外として、説明されていない。これについて、石井志昴さんは次のようにコメントしている。

……主人公たちがはじめから「心の病」を持つ設定に残念な思いがした。なぜ、苦しみはじめたのか。どんな不安や不快が体に募り、自身の根幹を揺さぶっていったのか。怪物のように迫りくる心の闇がなぜ生まれたのか。それが描かれていない。
(石井志昴, 「映画 不登校経験者が監督 こぼれる月」『不登校新聞』, 2003年9月1日, p. 6.)

 ここで、石井さんは病気には原因があるはずだと考えている。そして原因を描いていないという点でこの映画が「残念」なものであるという。
 
 けれども「原因」とは何だろうか? たとえばインフルエンザであればウイルスが原因だろう。そしてそのウイルスに対処するタミフルを打てば、治りが早くなるかもしれない。だがそのような発想は、人間は本来ならば正常であるべきで、病気になるには何か理由があるに違いないという考えを前提にしているんじゃないだろうか(「正常」という言葉の意味からすればこれは当り前のことかもしれないけど)?
 
 この映画の登場人物の一人である高(たかし)は、恋人の首を絞めるという強迫観念に悩まされていて、それを振り払おうとして手洗いなどの反復行動がやめられなくなってしまう。彼がなぜそのような状態になってしまったのかという背景は全く描かれていない。高と医者との会話から、彼が長くにわたって病と共に生きてきたということは推測できる。彼は医者に「治そうとするなよ」と言われている。彼にとって病気とは一生続いていくかもしれないものなのだ。そのような彼にとって、「原因」を特定することにどんな意味があるのだろうか?
 
 もし「原因」があるのであれば、それのせいで高は本来あるべき人生から外れてしまったことになる。だが、この病める日々こそが彼の人生に他ならないのだとしたら?
 
 『こぼれる月』は一方で、「病気でもいいじゃないか」などと簡単に病を「肯定」しようともしていない。初めての診察でもう一人の登場人物(千鶴)は「治りませんか」と執拗に尋ねる。これに対して医者はただ「大丈夫」と繰り返す。このシーンは映画の後半に出てくる。けれども観客は、映画の前半で既にこのシーンの数年後の千鶴のとても「大丈夫」とは言えない状態を見ている。
 
 病の美しい面だけを取り出して「肯定」しようとするためには、この映画は役に立たないだろう。イギリスの移民や下層階級を描いた『マイ・ビューティフル・ランドレット』の脚本家であるハニフ・クレイシは、マイノリティについてのポジティブなイメージだけを集めたような作品を「応援フィクション」と呼んだ。そのような作品の作者はいわば「PR係」であり「お抱え嘘つき」である。クレイシはこう言っている。

人種や肌の色が混ざり合い、ヒステリーと憂うつを抱えた今日のイギリスを真剣に理解しようとするのであれば、それについて書かれるものは複雑でなければならない。それは弁明も理想化もしてはならない。それは感傷的になってはならないし、一つの集団だけを美徳を独占したものとして描いてはならない。
(quoted in Stuart Hall, “New ethnicities,” in David Morley and Kuan-Hsing Cohen eds., Stuart Hall: Critical Dialogues in Cultural Studies, London: Routledge, 1996, p. 449.)

 『こぼれる月』は、このクレイシの言う意味で「複雑」な作品であると思う。 
 
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いままでの「共産主義、入門中」

2007.7.13 第1回「宝くじと教育の不平等」
2007.7.23 第2回「努力が報われる社会」にNO!
2007.7.30 第3回「「第三の道」はいらない」
2007.8.8 第4回「仮病で何が悪い」
2007.9.3 第5回「「弱者による暴力」に対する暴力について」
 

人生曲折「つまづき業(ぎょう)くん」 第10回「つまづき添い寝」

第10回 つまづき添い寝  作:くまき由佳
 
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2007.7.12 第1回「俺 つまづき業(ぎょう)①」
2007.7.12 第2回「俺 つまづき業(ぎょう)②」
2007.7.13 第3回「つまづきデート①」
2007.7.13 第4回「つまづきデート②」
2007.7.27 第5回「違った意味でガーン」
2007.8.8 第6回「夏目氏とナンパ①」
2007.8.8 第7回「夏目氏とナンパ②」
2007.8.28 第8回「一石二鳥」
2007.9.3 第9回「止まらないつまづき君」
 

人生曲折「つまづき業(ぎょう)くん」 第11回「僕のいばしょ」

第11回 僕のいばしょ  作:くまき由佳
 
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2007.7.12 第1回「俺 つまづき業(ぎょう)①」
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2007.7.13 第3回「つまづきデート①」
2007.7.13 第4回「つまづきデート②」
2007.7.27 第5回「違った意味でガーン」
2007.8.8 第6回「夏目氏とナンパ①」
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2007.8.28 第8回「一石二鳥」
2007.9.3 第9回「止まらないつまづき君」
2007.9.25 第10回「つまづき添い寝」
 

投稿原稿 「氷河期世代は行動する」

投稿原稿  氷河期世代は行動する  藤本拓自
 
第1回 1975
 
私は1975年(昭和50年)9月11日に生まれた。
32歳、非常勤講師。「不安定労働層」 で、要するにフリーターだ。というと我こそは真のフリーターだ、という方に怒られてしまうかもしれないけれど、自己規定は完全にフリーター。
26歳のとき以来、誕生日の9.11は、世界的な記念日になった。年をとるたび、あれから何年か、と正確にカウントする。
29歳で結婚し、子供が1人いる。
いろいろと幸運があり、不安定労働層としては、恵まれた方なのだろう。
それでも、特に経済的な面で、自分の境遇を楽だと思ったことは一度もない。安定した将来像を描けたこともない。
 
世代的には、いわゆる「就職氷河期世代」(1970年代~1980年代初頭生まれ)のど真ん中にあたる。
「貧乏くじ世代」(香山リカ)だとか「ロストジェネレーション」(朝日新聞)だとか、勝手なレッテルを貼られたりもする。
どれもこれもネガティブなものばかりだ。
 
資料的な意味も込めて、大きな社会的事件とそのときの年齢を記しておこう。連載の中でも重要な意味を持ってくるだろうから。
14歳のとき、昭和が終わり、ベルリンの壁が崩壊した。16歳のとき、ソ連が崩壊した。
20歳のとき、阪神淡路大震災があり、地下鉄サリン事件があった。
学校を卒業して社会に出るころは、就職氷河期の真っ只中だった。
26歳のとき、アメリカ同時多発テロ事件があった。
 
同世代の人間は、32歳の現在、もちろん個人により差はあるのだが、「どうにかこうにか生き延びてきた」という感慨を持つものが多い。
少なくとも私はそうだ。
そしてそのサバイブ感は、この世代の共通感覚となっている。
しかし、そこで得られるはずの矜持が、明日も生き抜いていける安心につながらない、という感覚がある。氷河期時代の競争を勝ち抜き勝ち抜き安定労働層となったものでさえ、グローバル社会の過剰流動性の只中、かつてとは比較にならないほど、明日への不安にさらされ続けるだろう。
 
一方で、こんなことが言われたりもする。
 
梅田 僕は「一九七五年以降に生まれた人」ってよく言うんですが、「はてな」の近藤も、ミクシィの笠原健治社長も、平野さんもみんな一九七五年の生まれです。その前と後とで大きな断絶があって、一九七五年生まれの人はちょうど分水嶺に位置していますね。

平野 変化の年なんですかね。世代的には団塊ジュニアに当たるわけで、近藤さんの『「へんな会社」のつくり方』という本を読んでいても、お父様の考え方に影響されたということが書いてありましたが。一つは、丁度、バブルと今の好景気との谷間に大学時代を過ごして、就職氷河期に社会に出なければならなかったというのもあると思いますけどね。大企業に就職するということに、みんな疑問を感じていましたし。それでベンチャーに行った人もいれば、僕みたいに小説なんて書き始めたのもいます。要するに世の中の現状に不満があって、みんな何か言いたいことがあったんじゃないですかね。その時に、小説という形式を通じてそれを表現することを考えたか、そうした無数の言葉を受け止めるためのシステムを開発することを考えたかというのが、同世代人としての僕と近藤さんたちとの共通点であり、また違いなのかもしれない。

梅田 一九九〇年代前半の日本って、閉塞感の強さという意味で確かに特異な時期だったかもしれませんね。一九七五年生まれの人たちは、その時期に十代の後半だったということですよね。それは大きいかもしれないな。自分のことを振り返ると、九一年末から九二年にかけてサンフランシスコに住み、日本に帰ってきて九三年から九四年まで東京に住んだんですが、その頃日本で感じた閉塞感の強さって本当にすごいものがありましたね。それで好対照のように、九三年末から九四年末にかけて、シリコンバレー発でインターネットの波がやってきて、僕は居ても立ってもいられないような焦燥感にかられて、一日も早く東京を離れたいとい気持ちでいっぱいになりました。それがエネルギー源になって、シリコンバレーに引っ越したんですよね。
 それからインターネットの普及が一年遅れで日本にやってきた。一九九五年のことですね。そのとき、一九七五年生まれの人は、皆、十九歳か二十歳なんですね。これに数年の差があるともう感覚が違っていて、当時二十三歳だった世代というのは、新入社員として古い文化の会社にどっぷり浸かって忙しくて、ネットに触れる環境になかった場合が多い。だから大学院に行ってない限り、七一、二年生まれというのは、案外感覚が古い。そして、七五年、七六年、七七年生まれ辺たりが、ゴールデンエイジですね。

平野 実感として意識していた障壁を初めて越えた世代なんでしょうね。その後になるとネットは当たり前という感覚かもしれない。
梅田望夫・平野啓一郎(2006)『ウェブ人間論』新潮新書pp.189-191
 
おお、「ゴールデンエイジ」!
金持ちのおじさんはまったくいい気なもんだ、という感じもする。
それでも、上の世代にも下の世代にもない、この世代特有の「思想」、というと言葉だけの問題のように思えるから不適切で、なんというか、この世代特有の不定形な「熱」、とでも言うべきものが、最近放出されはじめている。
私はそうとらえている。
 
この連載では、ひときわ鮮やかに、そして時にあやしく、その「熱」を発する人物達を取り上げていきたい。
具体的には、赤木智弘、雨宮処凛、杉田俊介、小山エミ、平野啓一郎、近藤淳也、笠原健治……。
みな1975年生まれだ。
そして私なりに狙いのある人選である 。
最初の3人は、オールニートニッポンに関係のある方達でもある。
しかし、それぞれやりたいことも、やっていることも、性格も、社会的な位置づけも、経歴も、知名度も、全然違う。
それでも、どこか、ある種の傾向というか、ゆるやかなつながりが見られるように思う。
 
私としては、それぞれの「熱」の、一番熱いところを抽出したい。
個人的に、それぞれ批判的に見ている部分もあるが、この連載では、強みと可能性を重視する。
そしてその可能性をつなげて並べることで、時代の構造と今後の方向が浮かび上がるのではないか。
というより、連載によりそのヴィジョンを自ら構築する、といったことを目指している。それができれば、単なる世代論を超えたひろがりにつながるはずだ。
ただ、私の力量でどこまでやれるか、不安もありますが……。
 
それから、連載のタイトル『氷河期世代は行動する』について。
もちろん直接知りはしないのだが、60年安保の頃、「若い日本の会」という連帯があった。
 
その一つが、若手の芸術家や作家が集まった「若い日本の会」だった。五月三〇日に開かれたこの会の集会招請状には、江藤淳・浅利慶太・石原慎太郎・大江健三郎・開高健・武満徹・寺山修司・谷川俊太郎など、当時の二〇代の新進作家たちが名を連ねた。そしてこの会の特徴は、指導部や綱領をもたない、メンバー各自の自発的な集まりである点にあった。代表役であった江藤淳は、会の性格についてこう述べている。
 
名前がないとかっこうがつかないので、詩人の谷川俊太郎の考え出したのが「若い日本の会」という名前であるが、そういう組織が恒にあるわけではなく、五人寄れば五人が、五十人寄れば五十人がこの会の会員である。……世話を焼く人間は必要であるが、これも買って出たものに任せよう。金は集まった会員が出せるだけ出す。大勢集まればそれだけ運動の拡大が可能である。大勢集めるためには、口から口に伝えるのが一番いい。五十人が三人ずつに伝えれば、百五十人の市民が集れる。……強行安保採決不承認という共通の目的のために、多声部のフーガのひとつのパートを受持つことが可能であろう。
 
こうしたあり方は、後年に「新しい社会運動」や「ネットワーク組織」などと名づけられた形態の、嚆矢といってよかった。江藤によれば、会員の「政治的考えは十人十様」で、「デモもなかなかいいが、こうして自発的に集ったからにはそれ以外の表現、デモにしてもワッショイワッショイだけではない表現がありうるはずだと考えるものが大部分である」。そして、「反権力運動には複数の方法が可能である。労働歌を知らない人間にも政治的要求はある」「こういう人々の声が、斉唱ではなく、多声部の複雑なフーガのようなかたちで、労働者や学生の声に和したとき、はじめて政治と生活の間の抜きがたい断層が埋まるのではないか」というのだった。
小熊英二(2002)『〈民主〉と〈愛国〉』新曜社pp.516-517
 
60年安保の直前、江藤淳は『作家は行動する』という評論を書いている。
しかし書名から想像されるような、ベタな行動の書ではない。
むしろ、「行動」とは、文体に刻まれる軌跡であり、要するに「言葉」の問題であった。
この本や、60年安保時の運動に含まれていた「熱」と可能性から、多くのことを学びうる。
しかしこの運動がどのような結末をむかえたか。また、その江藤淳が、運動の後『小林秀雄』を書き、周知のような批評家へと変化していったことを、軽視するべきでもない。
 
いま、私は『氷河期世代は行動する』というタイトルで連載をはじめようとしている。
登場人物は、それぞれ異なる角度からだが、やはり「言葉」にこだわりがある。
しかしそれと同時に、言葉をどのような「場」で発揮するか、またその「場」をどう構築するか、という点に意識が高い。
言葉は強力な武器であるが、唯一の武器ではない。
言葉の「力」がもっとも発揮されるよう、どういった「場」を組織するか。
小説は文壇誌で、社会評論は論壇誌で、学問は学術誌で、といった「場」の自明性が失われた中で、自分の言説を、いつどこでどのように立ち上げるか。
彼らはその行動に、自覚的で、戦略的である。
 
ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。かれはつけくわえるのをわすれなかったのだ。ダントンのかわりにコーシディエ-ル、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793 年から 1795 年のまでの山岳党のかわりに 1848 年から 1851 年までの山岳党、叔父のかわりに甥。そして「ブリュメール 18 日」の再版が出される情勢のもとで、これと同じ漫画が!
 
とマルクスは言った。
おお、そういえば60年安保当時の首相は岸信介で、現代の首相は、孫の安部晋三だ。いや、だった。
そしてこれから、テロ特措法の延長が国策上の大きな問題となってくるが、そのために「若い日本の会」のような、見えやすい連帯がもたれることは考えにくい。
まさに悲劇から喜劇へ?
 
しかしこんな言葉もある。
 
歴史は循環する。しかし、もとの位置あるいは昔の問題に戻ったかに見えても、内容はより高次のものとなる。それは螺旋状に動く。
ドラッカー(2005)『ドラッカー365の金言』ダイヤモンド社p.369
 
劇はもうはじまっている。
それが悲劇なのか喜劇なのか、高次なのか低次なのか、まだ誰にもわからない。
しかし続けてドラッカー流に言うなら、これは「すでに起こった未来」である。
2045年の未来予想も楽しいが、未来はすでに現在起こっていて、それを私はつかまえたい。
そしてさらに不遜にもドラッカーを引き続けるならば、ここで登場する最高に面白い個々の人物達、その総和以上の全体を、提示したい。
ただ、繰り返しますが、私にその力量があるか不安ではあります(笑)
とにかく、そういった心意気でやっていく所存です。
 
みなさまのご来場、心よりお待ちしております。
 
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いままでの投稿原稿

2007.7.27 「不登校体験記」
2007.8.3 「ゼロからの自分 イチからのスタート」
2007.8.3 「憂鬱から生まれた歌人」
2007.8.27  「「駅のベンチ」―はじめて学校に行かなかった日―」
2007.9.3 「憂鬱から生まれた歌人」第二話
2007.9.10 「「誰かに伝えてみたいという気持ち」―Cocco「Raining」を聴いていた頃の話―」

「生きづらさライオット~生きづらくて何が悪い!~」

生きづらさ界のカリスマ?齋藤初男プレゼンツ!!
「生きづらさライオット~生きづらくて何が悪い!~」

ポッドキャスト&オンデマンド版
 
2007年8月25日に新宿ロフトプラスワンで行われた齋藤初男プレゼンツ「生きづらさライオット~生きづらくて何が悪い!~」の模様をお送りいたします!!
 
『ひきこもり、ニート、不登校、メンヘル、リスカ、自殺未遂etc…、 OiOi!!どうしてこんなに生きづらいの!?負け組だ、貧乏だ、仕事できない、金もない、モテない、友達いない、そんなに俺が悪いのか~!?いや、こんな生きづらい世の中のほうが狂っているに決まってる!今こそ、世の中に怒りをぶつけようじゃないか!これは、暴動だ!!生きづらい人、全員集合!!』
 
【出演者】
雨宮処凛(作家)

三上寛(日本フォーク史上最強の過激派!)

ピンキー青木(元ファントムギフト)

月乃光司(こわれ者の祭典

小穴哲至(オールニートニッポン ディレクター)

市野善也(『ひきこもりの社会理論』著者)

齋藤初男(生きづらさライオット主催者)
 
part1


part2
part3
part4
part5

第3回 オキタリュウイチ”生きテク”ラジオ

第3回 オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ
ポッドキャスト&オンデマンド版

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自殺ZEROキャンペーンを仕掛けるオキタリュウイチによるポジなラジオ「オキタリュウイチ"生きテク"ラジオ」。今回のゲストは、テレビ東京で毎週木曜深夜2:15より放送のアニメ『鋼鉄三国志』のオープニング曲を歌っていらっしゃるバンド camino のボーカル HAYATO さんです!
 
【放送日時】
2007年9月23日(日)19:00~21:00
 
【番組内容】
・今月の”生きテク”
・”生きテク”恋愛相談
・”生きテク”クリエイティブ講座
 
【出演者】
オキタリュウイチ(クリエイティブディレクター)、HAYATOさん(camino
 
Part1


Part2
Part3
Part4
Part5

今日のオールニートニッポン 2007年9月25日号(第17号)

2007年9月25日号(第17号)
 
・先週、新宿の紀伊国屋書店で「生きさせろ! 集会」がありましたね。どんな様子だったんでしょうか?かなり気になります‥‥。(盛り上がってるといいなぁ。)

・今週のネットラジオは「巨椋修のオグラジオ」。ゲストには妖怪研究家の山口敏太郎さんをお招きしてお送りいたします。(28日19時~21時)

・次回の公開イベントは10月12日(金)の予定です。場所は渋谷アップリンクファクトリー。詳細はもうしばらくお待ち下さい。

・ポッドキャストの登録者数が2000人を越えました!(もうすぐ2200人。)年内に4000人目指して頑張っていきます。みなさんよろしくお願いします。

白井さんすごい!
 
今号もどうぞお楽しみ下さい!

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◆ラジオ
 -「雨宮処凛のオールニートニッポンSUPER!」ポッドキャスト&オンデマンド版を配信!
 -「GALセラピーお悩み相談室 第2回」ポッドキャスト&オンデマンド版を配信!
 
◆エッセイ
 -白井カツミ 第11回「欝屈」
 -白井カツミ 第12回「願わくば」
 -常野雄次郎 第6回「映画『こぼれる月』」
 -くまき由佳 第10回「つまづき添い寝」
 -くまき由佳 第11回「僕のいばしょ」
 -投稿原稿  氷河期世代は行動する
 
◆注目のニュース
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 -競争社会はもうたくさん──フリーター全般労組 梶屋大輔
 -若者自立塾…働く尊さ 見えてきた
 -若年フリーターの就職支援、「ヤングワークプラザしぶや」開設
 
 【ひきこもり】
 -仲間となら笑い飛ばせる 難病患者「できないことが当たり前」
 -九龍城で生活、日本で引きこもり、議員になった“飛び地男”
 -地震から2カ月、復興へ歩み
 
 【いじめ・不登校】
 -不登校体験生々しく 愛知・刈谷東高の演劇部 共感呼ぶ朗読劇
 -英国でも「ネットいじめ」が問題、政府がいじめ撲滅キャンペーンを展開
 -外国人児童いじめ問題で全国初のフォーラム 前橋
 
◆イベント(09/26~10/03)
 -9/27 秋の合同面接会
 -9/28 ユメックス主催の就職・転職フェア「合同企業説明会」
 -10/1 ニート・ひきこもりの若者の親等を支援するセミナー
 -10/1 接遇・応対のための英会話
 -10/2 就職活動スタートセミナー
 -10/2 「エクセル(応用)」講座
 
◆事務局よりお知らせ
 -オールニートニッポンに原稿を載せませんか?
 -番組に遊びに来ませんか?
 -オールニートニッポンのSTAFFになりませんか?
 
感想はこちらへmail.gif

2007年09月28日

◇生放送を聴く:10月26日(金)21時~

~オールニートニッポン1周年記念スペシャル~ 巨椋修のオグラジオ・オールナイトスペシャル!

ogura.jpg
 
と言う事で2006年10月27日に放送を開始したオールニートニッポン。
本日は1周年記念と致しまして。オールナイトでお送りいたします。

【メインパーソナリティ】
巨椋修

【アシスタント】
小穴哲至

【ゲスト】
オキタリュウイチ(第3週パーソナリティ)
白井勝美
土岐小百合
夏目涼介とナンパ隊
古澤克大
 
play.gif←21:00よりスタート。
 
【放送日時】

2007年10月26日(金)21:00~


 ※放送を聞くためには「Windows Media Player」が必要です。

 ※ライブ音声が途中で止まった場合は、Windows Media Playerの再生ボタンをクリックしてください。
 
【ライブチャットルーム】

番組放送中、番組に対するご意見・ご質問をライブチャットでお寄せください。

(ご記入いただいた内容は番組中にご紹介する可能性があります。)

⇒⇒ コチラをクリック
 
【ご意見・ご感想用BBS】

番組放送中、BBSを開設しています。ご意見・ご感想をお寄せ下さい。

(ご記入いただいた内容は番組中にご紹介する可能性があります。)

⇒⇒ コチラをクリック
 
感想はこちらへmail.gif

2007年09月30日

第3回 巨椋修のオグラジオ

第3回 巨椋修のオグラジオ
ポッドキャスト&オンデマンド版

allneetnippon070928.jpg
 
【テーマ】 「妖怪研究家の山口敏太郎さんをゲストにお呼びしてのトーク」
 
【収録日時】 2007年9月28日(金)19:00-21:00
 
【パーソナリティ】 巨椋修(作家、漫画家、映画監督)
 
【出演者】
巨椋修(作家、漫画家、映画監督)
山口敏太郎(妖怪研究家)
夏目涼介(ひきこもりナンパ師)
白井カツミ(絶望男)
小穴哲至(オールニートニッポン ディレクター)
 
※上から順番にお聴き下さい。
part1


part2

part3

part4

part5

About 2007年09月

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