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絶望男の逆襲 第7回「登校拒否」

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第7回 登校拒否
 
「不登校」という言葉、35年前にはなかった。「ひきこもり」「フリーター」「ニート」もここ10年間で生まれた言葉だ。10代~20代の人間としてもっとも“活き”のいい頃に俺は登校を拒否し、時おり、バイトをし(定職に1度も就けず)、うちにひきこもり、働かなかった。結果、他者との接点を持てなくなった。自分を成長させる技能を学べなかった。45年間1度も恋人を得ることができなかった。「不登校」等の言葉があったら、違っていただろうか。過ぎてしまった今では何とも言えない。だが、言葉だけではない。それらは社会的現象として取り上げられる。良し悪しはあるかもしれないが、注目され、一方的に否定(もしくは黙殺)されることはない。俺が若者だった時代は否定されるだけだった。
 
学校は嫌いでもなかった。勉強が嫌だった。同い年の子供たちと同じ机に向かい、同じ教科書を開き、ノートをにらむ。勉強などしていない。ふりだ。集団が同じことをしている。気色悪い。ふりも苦痛でしかなかった。小学時代はいじめにも顕著に遭った。まるで儀式のように彼らは俺をいじめる。
 
小学時代から貧乏をネタにいじめを受けた。服がいつも同じで汚かった。臭い匂いも漂わせていた。彼らは俺に奇異な視線を送り、仲間外れにした。2年の頃には校舎の2階の窓から逆さ吊りにされた。彼らだけではない。女の子に周りを囲まれ、服や容姿を徹底的にバカにされた。転校した初日、3年の頃だ。雑巾を投げつけられたこともある。中学3年の頃には同級生全員にシカトされた。
 
いじめなど取るに足らない。つらかったが、うちには暴力親父がいた。学校にも家にも居場所がなかった。
 
「中卒」という言葉を差別用語に加えてもいいと思う。この言葉を投げかけられるたびに傷ついた。好きで高校へ進学しなかったわけじゃない。進学させてくれなかったのだ。
 
おかげでろくな職に就けなかった。小中で勉強せず、高い成績を残せなかったことが後々の俺の人生に悪い影響を与えた。
 
高校へ行ける若者たちがうらやましかった。大学など俺の許容範囲を越えていた。学校は俺にとって、ある種の憧れだった。勉強もいじめも不快だったが、「ふつう」になれる。
 
時代は変わった。今の時代、高校や大学を出ても「ふつう」にはなれないらしい。
 
中卒の俺は生きることに窮屈さを感じながらも45年も生きている。学歴がどれほどのものなのだろうか。
 
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いままでの「絶望男の逆襲」

2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
2007.7.30 第4回「やせ我慢」
2007.8.8 第5回「絶望の根っこ」
2007.8.28 第6回「人間のクズ」
 

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2007年08月27日 13:02に投稿されたエントリーのページです。

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