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第5回 「できること」と「すべきこと」(2)
ある種の若者たちに対して、「別の生き方をすべきだ」と世間が責め立てるとしても、そもそもそのような生き方が「できない」のであれば、そういう生き方を「すべき」だとは言えない。
人は「できること」の範囲内でしか「すべきこと」の責任を問われないのだ。その範囲については、議論の余地があるにせよ。
というのが前回のお話だった。
それにしても、他人の生き方を裁いたり、そのような裁きに対してムキになって反論したりすることは、本来、「いかに生きるべきか」を考えることとは別問題である。
大切なのは、「お前はこのように生きるべきだ。その気になればできるはずだ」と他人の生き方に口出しすることではないし、「そんな生き方できないんだから仕方ない。できなかったんだから仕方ない」と下を向いて(あるいは開き直って)、弁明することでもない。
僕たちは裁判官でも、弁護士でも、ましてや被告人でもないのだから、法廷の外に出ることは許されるはずである。他人のことではなく自分のこととして、過去ではなく未来のこととして、一人の行動者として、「できること」と「すべきこと」を考えてみよう。
今の自分には何ができて、何ができないのか。それは自分の「やりたいこと」とどのように釣り合っているのか、いないのか。
「やりたいこと」が「できること」の範囲の外にあるときには、二つの道がある。「やりたいこと」を諦めるか、「できること」の範囲を拡げていくか。
まあ適当なところで折り合いをつけて諦めろ、などと大人ぶったことを言える立場に僕はいないので、そのような説教が必要なケースもあろうかとは思うが、ここでは「できること」の範囲を拡げていくという道のほうを考えてみたい。
人は「できること」の範囲内でしか責任を問われない、と繰り返してきたが、これは裏を返せば、「できること」の範囲が広がれば責任も増えるということである。その増えた責任のなかで「すべきこと」をこなしていくにつれ、「できること」の範囲はますます広がるかもしれない。そして、それに応じて「すべきこと」はさらに増える。また、それをこなす。
これは、社会というものが僕たちに与えてくれる、もっとも幸福なサイクルである。責任はいつも重苦しいわけではなく、喜びの源泉にもなりうるのだ。
「できること」の範囲内で「すべきこと」をこなしていく、それによって「できること」の範囲を拡げていく。
僕はそんな生き方をしていきたいのだが、果たして「できる」だろうかね。
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いままでの「プラスの力」
2007.7.13 第1回「初めまして」
2007.7.20 第2回「リアクションからアクションへ」
2007.7.27 第3回「世の中を変えるか、自分を変えるか」
2007.8.08 第4回「できること」と「すべきこと」(1)
