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第4回 やせ我慢
蒸し暑い。湿気が汗と混じり、肌にベトつく。身体全体が湿気を吸い込む。体が重い。
7月28日も異様に蒸した。母は午前から出かけていた。疲れと暑さからか昼過ぎに帰宅するなり、寝込み始めた。23時を回った。母はまだ、隣部屋の畳の上にトドのようにグッタリと横たわっていた。俺は心配になった。母に大丈夫かと声をかけた。大事ではないようだ。だが、動けそうにない。弟は近くでテレビを見ている。俺は後片付けをした。「クソッ。眠いのによ」と怒鳴った。何もしない弟にムカついた。「知らん顔しやがって」と言った。「俺は働いてんだ」と弟が怒鳴り返した。小声で怒りを噛み殺すように「俺だってつらい」とも言った。
その瞬間、俺は怒りを抑え込んだ。後片付けを終え、寝室に戻り、明かりを消し、敷き布団の上に寝た。だが、眠れなくなった。弟の言葉がグサリと心に突き刺さった。怒りも鎮まらない。安定剤を3錠飲んだ。なぜこうなる?と考えた。
弟は一家の稼ぎ頭だ。彼の収入なしに生活は成り立たない。責任や重圧は相当のものだろう。だが、俺も日々似たような苦悩を抱えながらも生きている。働かない(働けない)ことで社会から“抹殺”されている。俺など働く人々から見れば存在しないも同じだ。俺はそんな自分を肯定した。生きることが仕事だと。金を得るばかりが仕事じゃないと自分のなかの社会的概念を変えた。そしたら少しラクになった。
弟にそんなことを言っても通じない。俺が障害年金を受けるようになって以来、彼とはまったく会話をしなくなった。年金を生活費に入れず、好き勝手にやる俺(実際はそうでもない)をよく思っていない。一緒に生活しながら、背を向け合っている。
糖尿病を抱えながらの仕事のつらさは想像もつかない。裏を返せば鬱病の苦しさを弟は理解できるだろうか。「お互い様だよな。でも仕事いつもご苦労様。今日は怒鳴ってごめんな」。素直になれたらもっとラクになれるだろうか。そんなことを空想した。考えているうちに眠った。翌朝は日曜日。弟は休みだ。昨夜のいざこざなどなかったかのように家族はそれぞれ過ごしている。元々、感情をぶつけ合うことが苦手でこれまでも避けてきた。父親の生きた時代はまさに感情の嵐が吹きまくっていた。平穏にとの想いから感情を抑え込む家族になった。
それですべてOKか?わからない。わからないままでいいのかもな。蒸し暑い夏はまだまだ続きそうだ。
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いままでの「絶望男の逆襲」
2007.7.12 第1回「笑顔のない男」
2007.7.18 第2回「孤立感」
2007.7.23 第3回「天涯孤独になるまで」
