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第2回 ちびしすぎる、なにも…かも!!――いましろたかし『デメキング』
『ビジネスジャンプ』で連載(1991年)されたものの打ち切りで中断、その後99年にKKベストセラーズから出版されたがろくに売れず絶版、長らく伝説の作品と化していた「怪物的傑作」が、太田出版の梅山景央氏の手でこのたび復刊された。浦沢直樹が『20世紀少年』の連載を始める前に読んで「あ、僕の考えていたこと、いましろさんがやってたんだ」と深く共感し、のちに新井英樹『ザ・ワールド・イズ・マイン』の元ネタの一つともなった作品である。
いましろの初期作品『ハーツ&マインズ』(86~88年)や『ザ★ライトスタッフ』(89~90年)は、一九八〇年代末、「フリーター」という奇妙な和製英語が広がり始めていたころ、フリーター以上にフリーター的な、都市の底辺をさまよい、うごめく若者たちの生活を、断片的にスケッチしていた。
『デメキング』の舞台は1969年の瀬戸内。1970年前後に既に若者たちを覆っていた曖昧な停滞や貧困を、いましろの筆は、確かにとらえている。地方の若者たちの、オフビートで、しょんぼりとした空気。たとえば「これからはレジャーだ!」といういかにも「田舎者」感覚で造成された地元の「万々浜テーマパーク」は、職員からも「こんな所一回来たらアキて終わりじゃい」とうんざりされるほどしょぼく、早々につぶれてしまう。『20世紀少年』の大阪万博や下町的庶民性とは、ずいぶん違う(東京出身の浦沢の視線は、むしろ、都会の人間の目から見た空想の「下町」に見える)。
曖昧な貧困と閉塞。「島宇宙」という言葉は、地方にこそふさわしい。主人公の青年蜂屋は、高校を卒業したあと、万々浜テーマパークで地味に働きはじめる。彼にとって、少しでも楽しいと思えることは、田舎道をバイクでかっ飛ばすことくらいしかない。しかし、そこには、例えば紡木たく『ホットロード』(86~87年)のような、青春期の刹那の生命のきらめきはない。
蜂屋が望むのは「誰もやれんこと」「なんかすごいことをやりたい」ということだ(蜂屋のヘルメットには「天才」とある)。ではそれは何か。具体的な中身は、もちろん、ない。それは永久に彼自身にもよくわからないこと、何だかよくわからないが「なんかすごいこと」なのだ。
蜂屋はある日、東京が巨大な怪獣デメキングによって破壊される、というカタストロフを幻視する。それ以後、いつの日か来るはずの怪獣デメキングと戦うことが、蜂屋の人生の究極目標になる。蜂屋の人生はそのために捧げられる。
不思議なのは、デメキングの存在が、単なるおいつめられた若者の夢想や妄想ではない、という事実にある。蜂屋が海で拾った壜にはデメキングの巨大な足跡拓が入っていた。そこには「平成5年」という日付がある。蜂屋たちが生きる昭和44年の時点で、平成という元号が分かるはずがない。デメキングの足跡は、想像(夢想)と現実界(外部)の特異点を成し、作品の構造を奇妙に歪ませている(デイヴィッド・リンチや古谷実の作品のように)。
蜂屋は故郷を出て東京へ向い、「私の詩集」を70円で売るダメ男などと付き合いながら、新宿駅前でアジテーションしたり、日雇いの仕事をしながら、ふらふらと東京の下層をさまよい、日々をやり過ごして行く。地方と都市の若者の貧困は、こういうふうにしっかりと鎖で繋がっている(ちなみに梅山氏のドキュメンタリー『アンファング』は、東北で季節労働に従事する若者の生態を捉えている)。
だが、デメキングは来ない。
来たとしても、自分に何ができるのかわからない。ただ踏み潰される以上の何かができるとも思われない。
にもかかわらず、蜂屋は、デメキングが都市に破滅を齎す未来を待ちながら、日々の貧困――経済的のみならず、精神的な貧困――を持ちこたえなければならないのである。(労働のリアリティに裏づけられているぶん、同時期の『アキラ』『ナウシカ』等のSF的な終末論的想像力とは微妙に違う)。
しかし、蜂屋は間違いなく、そのような生き方によって彼の「ジャスティ~」(正義)を貫こうとしているのだ。
この未完でついえた作品そのものが、大した売れ行きにならなかった。太田版の巻末のインタビューでのいましろの発言も、「印税ガボガボになって」みたかったけど失敗した、とか、なげやりな愚痴ばかりで、読んでいて情けなくなってくる。つまり、ストーリーばかりではない。作品が書かれた経緯、その運命、いましろ自身の生活をふくめて、『デメキング』は、現在のプロレタリアマンガが参照するべき新しい「古典」としてある。
必読だ。
――怪物以上の怪物(リヴァイアサン?ベヒモス?)の襲来が我々の生活を根こそぎにしようとしている今、我々はどのような「デメキング」を夢見られるのか?
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いままでの「いきすべき批評」
2007.7.17 第1回「息するあいだ、希望はある」
