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うわのそら 第2回「7月11日」

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第2回 7月11日
 
 へんな四人で久しぶりにご飯を食べた。
 
 へんな四人というのは、クミとユウスケとマサと私(みんな仮名)。クミと私は高校が一緒で(でも一度も同じクラスにならず)、ユウスケとクミとマサは中学が一緒で(しかし三人とも中学時代はほとんど全然仲良くなかった)、私とユウスケは小学校が一緒(もっとも私は小学校時代はほぼずっと不登校)、という半端な縁だ。2~3ヶ月に一度、地元の居酒屋に集まって
 「最近どーよ」
 「終わってんなー」
 などと言いつつ、焼き鳥などつまみながら薄い酒を飲んでいるだけだ。「まったり」。この言葉がこんなにもピッタリくる飲みメンバーは他にいない。気も頭もまったく遣うことなく、特に盛り上がりも癒しもなく「だから、何」という感じでいつも飲み会は終わる。我らは仲がいいのだろうか。軽く疑問だ。そんな私たちだが、四人で集まって飲むようになってそろそろ10年になる。
 
 今回、マサが突然言った。
 「俺こないだ貴戸さん(*なぜかマサは私のことをこう呼び続けている)の本読んだよ」
 「ひーー」
 そう、私は文系の大学院生で、すごくマイナーだがいくつか本を出させてもらっている。彼が読んでくれたのは『コドモであり続けるためのスキル』(理論社)というエッセイだった。不登校、ひきこもり、ニート、フリーターなどの言葉をキーワードに、自分の体験を交えながら、格差・不平等やフェミニズムなどについて大学院で学んだ知識を織り込みつつ書いた。「無理しておとなになる必要なんて、ぜんぜん、なかった。「今」は「将来」のための手段なんかじゃないし、「一人前」になっちゃったおとなの人だって、ホントはいつだって、降りていける」(帯より)。好評発売中です。どうぞよろしく。
 
 いやいや、そういう話ではなくて。私は、マサやユウスケやクミと、自分の不登校経験や大学院でやっている学問について、これまでほとんど話してこなかった。「読者」という一般的な宛て先に対してなら、開き直って何でも書ける(というか書くしかない)けど、こんな十代の頃から知っている近所の友達に自分の内面のどろどろを知られるなんて、すごく微妙な感じだ。
 「もっと何事もスムーズにやってんのかと思ってたけど、違ったんだなー。小学校行ってなかったのに大学院行くなんてあんま、ないよな。ていうか俺も高校行かなかったけどさ」
 「あれ。中退だっけ?」
 「ううん、受験自体をしなかった。高校行く気なくて」
 「まじ。それもあんま、ないね」
 高校進学率は、2000年代の今日で実に97%あまりに達している。今の日本は、ほとんどすべての人間が高校受験を経験する社会なのだ。「高卒資格を持っていない」というならともかく(高校卒業率は90%に満たない)、「不登校業界」でもないこんな身近に、高校受験をそもそもしてないレアな人がいたなんて、ちょっと衝撃だった。長い付き合いのようで、私たちはお互いの肝心なことを知らない。
 
 マサはその後大検を取って受検し、サボりながらも大学を出て、今は父親の会社を継いでいる。 
 「俺は二人とものこと、知ってたけどさ。別に話題に出なかったから言わなかった。俺は一応高校行ったけど、サボりまくってたしほとんどアカ点だったし」
 とユウスケが言った。ユウスケは、高校をスレスレで卒業し専門学校を出た。浄水器の販売やコーヒー工場の監督や夜間警備などの仕事を転々とし、その合間に適度に「ニート」状態を挟みながら生活している。マサとはビリヤード場によく行く「玉突き仲間」。私とクミは酔っ払って愚痴電話をしたり、終電がなくなったときに迎えに来てもらったり、ユウスケには我がまま丸出しだ。
 「私、一番まともよ。何でみんなそんななんだかんだあるのー」
 高校と大学を卒業し、新卒で就職してからずっとOLをやっているクミが言う。何の問題もないように見えるクミだが、「普通のサラリーマン」も「OL」もいないこの4人の集まりにはいつも出てきて、時々「何のために生きてるんだろう」なんてコアなことを突然言い出したりする。
 
 そのまま話は深まることなく、夏休みに四人で行く予定の旅行のことに移っていった。
 
 十代の頃は、もっと「学校って何だろう」「社会のレールに乗るって何だろう」なんてことをがっつり話し合っていたような気がする。でも今は、この突っ込み足りなさが、ちょっと物足りなくて、逆に安心だ。それは私たちが、自分と他の人が違うことをもうとても知ってしまっていて、そのうえで一緒にいるのであって、だけど恋人や親友ではないからお互いの自我に食い込むようなハードな話に持ち込む必然性がなくて、水深1メートルをずっと泳いでいるようなコミュニケーションをしているからだ。
 
 いつものように、大して楽しい雰囲気にもならないまま飲み会は終わった。それでもまたそのうちに、私たちは集まってご飯を食べるだろう。お互いについて知らないことをいっぱい抱えたまま、付き合いの年月だけが長くなっていくのだろう。
 
 それはけっこう悪くないことのような気がする。
 
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2007年07月20日 11:47に投稿されたエントリーのページです。

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