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第1回 笑顔のない男
俺には前歯がない。
口を開けて笑うと
なんとも珍妙な笑顔ができる。
それが嫌だ。
だから人前で笑うときは、口を閉じる。
もしくは笑わない。
そんなことを約30年続けている。
お陰で俺は人から「怖そう」だの「偉そう」だの言われ、
距離を置かれるようになった。
なかにはあからさまに俺の存在を無視する人もいる。
笑顔のない男。
それは人から見たら、
ひどくブキミだろう。
「歯医者に行けば」と人は簡単に言う
(“人”とはこれまでに俺が関わった相手のことだ)。
人ごとだ。
相手の事情など知ったこっちゃない。
言われた俺はそのたびに口を閉じる。
歯医者になど行く気はないからだ。
前歯をなくしたのは小学4年生の頃。
弟と自転車に乗って
近所にお菓子を買いに出かけた。
坂道を下った所で石につまづき、
2人は自転車ごと前につんのめるように倒れた。
顔面の上あごをしたたかに地面に叩きつけた。
口元が血だらけになり、
前歯がボロボロに欠けていた。
兄弟はワンワン泣いた。
その翌日、
親に連れられ、歯医者に行った。
だが、
俺も弟も歯医者が大嫌いだった。
歯も磨いたことがなかった。
弟が先に診療台に乗せられたが、泣き叫び、
そこを降りてドアを叩いて逃げようとした。
それを見た俺も逃げようとした。
歯医者も親も俺たちの歯の治療を諦めてくれた。
「助かった!」と当時の俺は安堵した。
親も助かった。
歯の治療は金がかかる。
俺ん家は貧乏だった。
とんでもない出費になる歯の治療は贅沢でしかなかった。
それから45歳の現在まで、
2~3度歯医者に行った。
差し歯もつくった。
だが、歯に合わなくなり、
差し歯は外した。
今は前歯のない状態を維持している。
今のところ歯を治療する予定はない。
歯医者は今も苦手(嫌いではなくなった)だが、
金がない。
俺は精神障害者として二ヶ月に1度、
障害基礎年金をもらっている。
ひと月に使える金は約4万だ。
その大半を俺は映画に費やす。
とてもじゃないが、
歯の治療などできやしない。
映画をやめて、
金を貯めれば差し歯はつくれるだろう。
だが、
映画を観ることは俺の生命線だ。
映画なしに生きていけない。
年金がせめて、
あと3万円増えたらなと思う今日この頃。
前歯なしで笑おうか。
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コメント (1)
笑顔を見せれなくなった経緯が胸をきりきりさせました。
子供のころってある意味とっても残酷ですよね。
平気で
「変な顔」
とか言っちゃうんですよね。。。。。
大人になって本当に人間関係が楽だなぁ・・
って思います。
今はきっと前歯のない笑顔を誰も何もいいませんよ。
逆に、とても愛らしい・・・
って思えるんですが。。
前話でも笑顔が絶対素敵ですよ♪
投稿者: ひかる | 2007年07月12日 10:00